『光る君へ』三浦翔平が過去最大の鬼の形相に 「何もかも……お前のせいだ!」に滲む切なさ
『光る君へ』(NHK総合)第38回「まぶしき闇」。まひろ(吉高由里子)の元にききょう(ファーストサマーウイカ)が訪ねてきた。 【写真】隆家(竜星涼)が見た何かに取り憑かれたかのように呪詛を続ける伊周(三浦翔平) ききょうは、まひろの物語への思いを打ち明ける。ききょうの亡き后・定子(高畑充希)への思いは強い。まひろはききょうから「私は腹を立てておりますのよ、まひろ様に」「『源氏物語』を恨んでおりますの」と言われてしまう。一方、中宮・彰子(見上愛)と親王に対する呪詛の形跡が見つかり、伊周(三浦翔平)の関与が明らかになる。天皇は道長(柄本佑)に相談し、伊周の処分を検討する。 物語冒頭、ききょうがまひろの物語について感想を述べる場面では、随筆と小説という形式の違いはあれど、ともに作家としての才を開花した者同士のやりとりで感慨深かった。だが、ききょうにとってまひろの物語は亡き后・定子の思い出を綴った『枕草子』から一条天皇(塩野瑛久)の関心を奪ったものとして許しがたい存在だ。ききょうの思いを知って顔がこわばるまひろと、「恨んでいる」という言葉で胸中を正直に打ち明けたききょうの姿はとても印象深い。 だが、第38回で描かれた“恨み”において、最も強烈な印象を残したのはやはり伊周だ。呪詛を行った僧は厳しい尋問を受けた後、呪詛の依頼者が伊周の縁者であること、伊周と敵対する者を排除する目的であることを証言した。伊周の処分が議題にあがり、暗い面持ちで公卿たちの言葉を聞き入れんとする弟・隆家(竜星涼)の姿は切なく、心苦しい。しかし視聴者は、伊周がこれまでに何度も道長や彰子に対し呪詛を行っていることを知っている。一条天皇の耳に届いたところで、伊周が呪詛をやめるはずがない。隆家が見たのは、何かに取り憑かれたかのように呪詛を続ける兄の姿だった。 伊周を演じる三浦翔平は、過去の回でも凄まじい変貌を見せていた。才色兼備で自信家で、若くして、父・道隆(井浦新)の引き立てによりスピード出世を果たしていたが、父の死後、隆家が花山院(本郷奏多)に向けて矢を射るという大事件を起こし、失脚。華やかで自信に満ちた佇まいが一転、怒りをあらわにし、嘆き、子どものように怯えて泣き喚く姿は強烈で、三浦の演技の幅広さに驚かされる。第38回でも、隆家を睨みつけ、再び呪詛を繰り返す姿は怨霊のようで恐ろしく、呪詛の木札を噛みちぎる顔は獣のようだ。三浦の鬼気迫る演技を通じて、嫌というほど伊周の恨みの強さ、執念深さが伝わってくる。 呪詛を繰り返してきた代償か、敦康親王(渡邉櫂)の前に現れた伊周の衰弱した姿にはゾッとした。「敦康様は、私がお守りいたしますゆえ、どうかご安心くださいませ」と言葉こそ丁重だが、頭をあげる伊周の眼には敦康親王への敬意よりも道長への憎しみが強く強く表れている。伊周は道長と接見した際、はじめこそ「敦康親王を次の東宮に」と深く頭を下げるが、顔をあげると「何もかも……お前のせいだ!」と鬼のような形相で吐き捨てた。伊周の体調の悪化が目に見える形のまま、全てをぶつけるような三浦の演技に圧倒される。道長の目の前で呪詛の言葉を繰り返し、狂ったように笑うさまには、演技の凄まじさを感じるとともに、歯車が狂ってしまった伊周の痛ましさや悲しさをも覚えた。 伊周が荒々しい恐ろしさを見せた一方で、道長もまた、静かな恐ろしさを醸し出す。 嫡男・頼通(渡邊圭祐)との会話は、かつての兼家(段田安則)と道長を彷彿とさせるものだった。とはいえ、父のようにはならないと度々口にしていた道長は「家の繁栄のため……ではないぞ」と言う。けれど、どんなに道長が、家のためではなく、民のために、よき政を行うと口にしても、不穏さは拭いきれない。敦成親王をあやしながら、彰子に甘える敦康親王を見た道長は、仲睦まじげな2人を穏やかな表情で眺めていたようにも見えたが、時折様子をうかがうようなまなざしに映った。まひろの書いた物語の一節を読んで考え込む道長は、彰子と敦康親王の関係を危ぶんだのか、敦康親王の元服を急ぐ。 道長の本心が見えにくくなってきた柄本の演技に心がざわつく。兼家のような貪欲さは感じさせないが、徐々に“三郎”らしさが失われているように思える。地位や野心に目覚めたようにも見えることから、血筋は争えないのかと思わされる。民のため、とは言うが、彰子の子・敦成を次の東宮にしようとする思惑には、敦成が自身の血を引くことも関係しているのではないか。 「元服なさっても、ここにいらしてくださってよろしいのですよ」と微笑みかける彰子と「中宮様、どうぞお健やかに元気なお子をお産みください」と優しく声をかける敦康親王のやりとりを前に、道長は厳しい顔つきを崩さなかった。敦康親王の元服の延期を求める一条天皇の言葉に、一瞬不服そうな顔を見せたのも気になった。道長は父の姿に抗いながらも、とうに父を超えている。さりげない所作の中で、末恐ろしさをうかがわせる柄本の演技もまた深く心に残った。
片山香帆