認知症の母が車にはねられた。一緒にいた統合失調症の兄は行方不明になり警察に保護され…。交通事故被害者を「タダメシ」と言う医師
◆2.警察官は母の証言を取るのに苦労した その日の午後、地元の警察から電話あった。交通事故の加害者の話は聞いたが、被害者の母の話を聞いていないので、母を連れて来てくれというのである。 私は母をタクシーに乗せて、地元の警察に行った。その事故調査がたいへんだった。 警察官が「おばあちゃん、横断歩道を渡っていたんだよね」とたずねると、母は「あんた誰?」と逆にたずねた。警察官が「車にぶつかったんだよね」と聞くと、母は「あんた見てたの?そんなこともあったね」と答えた。警察官が「車にはねられて倒れて頭打ったんだね。痛かった?怖かった?」と被害者の思いを聞くと、母は「3月10日の東京大空襲のほうが怖かった」と答えた。 そんな会話がずっと続き、私は警察官に申し訳なく思った。私は「ここをぶつけたようです。タンコブができています」と、母の頭を触ると、母は「イテテッ」と言った。警察官は「気の毒に」と憐れんでくれた。 警察官は私に、「事故を起こした人は、横断歩道があるとは思わずに運転していて、気づいた時にお母さんが前にいて、はねてしまった事を正直に言っています」と言った。 家に戻ると、母は足が痛いと言い出した。靴下を脱がすと、足の甲がひどい打撲だった。明らかに交通事故のせいだ。A病院では母の靴下を脱がせず、母も痛いと言わなかったのだ。A病院に電話するともう診察時間は過ぎていた。 近くのB病院に電話すると外科で受け付けると言ってくれた。タクシーに母を乗せて行くと、若い医師が「車にはねられた時に足の甲を打ったのを見過ごしたんだな」と言い、保険会社にB病院にもかかると連絡するように、とのことだった。 次の日、保険会社の人が私の会社に訪ねて来て、年寄りの交通事故は長くかかるので困るなどと言い出し、怒りをこらえるのに必死だった。
◆交通事故の被害者を「タダメシ」と言う医師 その後、会社を半日休んで母の通院に付きそった。どうしても会社を休めない時は、ヘルパーさんを頼んで付き添ってもらった。A病院は脳の再検査だったが、B病院の足の甲の怪我はなかなか完治せず、傷があったのか膿も出てきた。母は待合室でじっとしていられず、帰りたがった。 私は診察室の近くにいた外来の看護師さんに母の順番をたずねた。看護師さんは医師に聞きに行った。すると医師は「あのタダメシね。タダメシはあとあと」と言う声が聞こえた。 交通事故の被害者は病院と保険会社が連携をとって窓口での支払いがないことを指しているのだと、私は思った。この病院は交通事故の患者をそう言うのか?あの医師だけがそう言うのか?怒りよりもあきれた。 私は名前を呼ばれると、いつも通りに医師に会い、母の良くなった足を診てもらった。保険会社に治療の終了を証明してもらいたかったから、感情は抑えた。 保険金は唖然とするほど少なく、疲労困憊した私への慰謝料などもちろんなかった。 (終)
しろぼしマーサ