「湘南スタイル」を仕掛けた熱血監督の涙と苦労の7年とは?
ピッチのいたるところに、歓喜の輪ができあがる。前半36分に豪快な決勝ゴールを決めてMVPに輝いた20歳のホープ杉岡大暉が、昨シーズンまではここ埼玉スタジアムをホームとする浦和レッズでプレーしていた31歳のベテラン梅崎司が、涙を流しながら雄叫びをあげている。 ただ一人、湘南ベルマーレを率いる曹貴裁(チョウ・キジェ)監督の姿だけが見当たらない。クラブ史上で最長となる7シーズン目の指揮を執る、自他ともに認める49歳の熱血漢は試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた直後から、ベンチ前で突っ伏しながら号泣していた。 「優勝しても絶対に泣かない、と今日は心に決めていたんですけど」 17年ぶり2度目の戴冠を狙った横浜F・マリノスの強力攻撃陣を零封し、値千金の1点を死守したベルマーレが初優勝をもぎ取った27日のYBCルヴァンカップ決勝。試合後の公式会見で涙の意味を問われた曹監督は、就任した2012シーズンからいま現在に至る日々を感無量の表情で振り返った。 「ポキポキと(心が)折れていた時期を思い出して。本当にギリギリのところでやってきたなかで、選手たちが報われたことがよかったというか、チャンピオンチームの一員になれたことに思いを馳せたら……」 就任1年目はJ2最終節で3位から2位となりJ1昇格を決めた。遠藤航(シントトロイデンVV)や永木亮太(鹿島アントラーズ)をはじめとする、無名の若手選手たちが躍動感と爽快感を全開にしながらプレーする姿は「湘南スタイル」と呼ばれるようになった。 仕掛け人は、実は曹監督だった。ある試合後の公式会見で「我々の湘南スタイルが――」と言及した部分が、ファンやサポーターの間へ瞬く間に浸透していった。世代交代への過渡期にあるベルマーレを世間へ知らしめるために、あえてキャッチーな言葉を口にした。 「わかりやすく語呂もいい言葉は選手にも見ている人たちにも大事だと思っていたけど、ただ単にスタイルを出せばいいのか、というところで何度も折れていた。スタイルを出させないチームに対して何も出せないのに、そのスタイルを貫くことがカルチャー作りのために必要だ、と言っても説得力がないので」