2024 年 米『 WWD』から Menswear Designer of the Year を受賞したトッド・スナイダー。

現代のアメリカン・ファッションを体現するデザイナー、トッド・スナイダーに服飾史家の中野香織がインタビュー。 ギャラリー：トッド・スナイダーによる「上質剛健」なウールリッチ：アメリカンクラシックの新しいステージ──特集：2024年秋冬、新しいアメリカン・ファッション

ウールリッチとのコラボレーション：上質剛健なRugged Luxury

トッド・スナイダーは、WWDから2024年の「メンズウェアデザイナー・オブ・ジ・イヤー」に選ばれるなど、現在、最も注目を浴びるデザイナーの一人である。1990年代にキャリアをスタートして以来、大衆市場からラグジュアリー領域まで幅広い領域で経験を積み重ねてきた業界の重鎮でもある。自身の名を冠したブランドをニューヨークに立ち上げたのは2011年。米『GQ』は翌年、トッドを「服を愛することを男たちに教えた男」と称し、アメリカのベスト新人メンズデザイナー賞を授与している。 そんなトッドが、2023年、ウールリッチの新クリエイティブディレクターに就任、2024年秋にブラック・レーベル・コレクションを発表した。ウールリッチは1830年にペンシルバニア州で創業したアメリカ最古のアウトドアウェアブランドである。伝統的な製法で作る丈夫で機能的なウェアは、世代を超えて愛されてきた。アメカジを象徴する赤と黒のバッファローチェックもウールリッチが1850年に考案したもので、いわば、アメリカの歴史と共に歩んできたポピュラーなカジュアルブランドである。 今年1月9日（現地時間）のピッティッティ・イマージネ・ウオモで開催されたランウェイショー。 大衆的に親しまれてきた伝統を誇るウールリッチの新しいステージとなるコレクションを、革新的な視点をもつトッド・スナイダーがデザインする。その変貌はどのようになるのだろう？　仕事観、日本市場や日本文化への思い、そしてウールリッチの過去と未来について、デザイナーに話を伺った。 キャリアにおいて大切なこと　嘘をつかず誠実にTrue and Honest 中野香織（以下、中野）　アイオワ州のご出身で、大学までアイオワ州で過ごされていらっしゃいますね。アメリカ中西部での生活は、あなたのファッション観にどのような影響を与えましたか？ トッド・スナイダー（トッド）　ファッションに夢中でした。農家でしたが、両親は一族のなかで初めて大学に行った人たちです。シンプリシティを信じ、過剰を好まず、実用主義を重視する環境にありました。私は服をあまり持たず、ジーンズも1本だけ。もっとほしいという情熱をかきたてられ、服でどう自分を表現するかについて考えていましたね。祖父は「ドレスアップすることは相手への敬意を示す方法だ」と教えてくれました。こんな背景が、機能性とミニマリズムを重視しながら敬意を表現する私のアプローチの基礎となっています。 中野　長いキャリアの中で、大衆マーケットからラグジュアリーブランドまで、多様なブランドと取り組まれていらっしゃいます。異なるマーケットに対し、どのようにアプローチを変えるのですか？ トッド　いかなる対象であれ、グローバルにとらえます。顧客がどんな風にこの洋服に関わるのかを考えるため、たくさんのレファレンスを用います。車、時計、家、訪れる場所などです。こうした要素から、服を着る顧客がどのようなライフスタイルを送っているのかを想像するのです。たとえば、ウールリッチをデザインするときにレファレンスとして用いる車は、レンジローバー・デフェンダーですね。機能性、ストリート感、スタイル、ラグジュアリー感…。この車をライフスタイルにとりいれている人が着る服を考える、というわけです。 中野　実に多くのブランドとのコラボを成功させていらっしゃいますが、その成功の秘訣は？ トッド:　トウル―・アンド・オ―ネスト！ 嘘をつかず、常に誠実であることが秘訣です。それぞれのブランドの伝統に敬意を払いながら、次の段階へ、未来へとブランドをつなげていくためのデザインを考えるのです。この点においても、レンジローバー・デフェンダーは完璧なお手本になりますね。 中野　これまで数多くの賞を受賞されていますが、外部の称賛はキャリアや創造にどのような影響を与えていますか？ トッド　賞や評価をいただいているのは、ありがたいことです。でも大切なのは服を作ること、服を作るジャーニーそのものです。賞はチームとして受けます。若いメンバーが続けていくための励みになっています。 中野　若いメンバーへの思いやりがあるからこそ、仕事もうまく回るのですね。では、5年後、メンズウェアはどのようになっていると思いますか？　またメンズウェアの変化のなかで、あなたはどのような役割を果たしますか？ トッド　メンズウェアは、ますます消費者のパーソナルステートメントとして重要になっていくでしょう。環境や文化を大切にする人間であるというステートメントと服は地続きになります。ワードローブは世代から世代へと受け継がれていき、その継承に敬意を払いますが、同時に、常に時代に応じた新しさや進化を取り入れていきたいと思っています。 中野　トッド・ジャパン・ラインで日本の市場のためにデザインされるなど、日本市場に対する特別な思い入れがあるようですね。 トッド　はい、日本は私にとって特別です。幸運なことに、2011年に自身の名を冠したコレクションを発表したのですが、日本人は非常に早い段階で取り入れてくれました。でも直後に、東日本大震災が起きました。私はその2カ月後に東京に来ました。日本を支援し、日本との関係を続けるために大切なことだと思ったからです。日本の消費者は、品質や職人技巧に対して目が肥えており、私のデザインプロセスに大きな影響を与えています。実際、我々の売上の半分は日本市場なのです。 中野　日本のストリートスタイルからは、影響を受けていますか？ トッド：日本の男性がアメリカのスタイルをどのように解釈、再解釈しているのかを学ぶことが、私のデザインの秘訣になっています。とりわけ、ジュンヤ・ワタナベがアメリカのスタイルをどのように解釈しているのかということを、注意深く見ています。最高のアメリカンビンテージは、常に日本にあるのです（笑）。 中野　日本の感受性とアメリカ的な美学、この両者のバランスをどのようにとっていますか？ トッド　同じように真摯に向き合っています。日本の感受性には純粋さ(ピュアネス)があります。それを学ぶことは、様々なノイズを手放す助けになっています。 中野　純粋さとは？ トッド　すべてのものごとに対して、日本は純粋さを大切にしていますよ。シンプルでピュアであることを。使い捨てやファスト文化の対極にあるものです。たとえば寿司は、素材そのものを味わうようなシンプルなおいしさを追求しています。野菜の盛り付け、水が注がれたグラス、ひとつひとつが、いかに清潔にシンプルにおいしさを届けるかを極めています。 中野　そういえば日本は素材の国ですね。着物にしてもデニムにしても、素材の完成度を高めることにおいて突出しています。 中野　ウールリッチとのコラボレーションについてお聞きします。トッド・スナイダーのシグネチャーであるアメリカンクラシックのスタイルと、ウールリッチのアウトドアの伝統をどのように融合させるのでしょう？　どのようなビジョンをお持ちですか？ トッド　これほど長い歴史を持つブランドとご一緒するのは初めてのことです。ウールリッチの豊かな伝統に敬意を払いつつ、ブランドを未来へと導くことが私の使命です。そうするために、テクノロジー、最先端素材、ラグジュアリーを加えていきます。常にストリートスタイルをゴールとしています。伝統を踏襲しながら、モダンで、エッジの効いたものを作ります。 中野　協業初のコレクションとなるBlack Label Collection について、具体的に解説していただけますか？ トッド　ウールリッチは、ミラノ、東京、ニューヨークにオフィスがあるインターナショナルなブランドでありながら、3都市の頭文字をつなげると、マウンテン(MTN)という意味になります。都市と山。そんな要素も盛り込みながら、すべての作品にストーリーをこめ、クオリティを高め、テクノロジーでアップデートしています。たとえばこの刺繍。刺繍されているのは、ウールリッチ創設の土地であるペンシルバニア州の州花、ローレルフラワーです。また、このダウンには白樺の柄が描かれています。ペンシルバニアには白樺の森があります。森で猟をするときにカモフラージュできるように白樺柄が作られました。そんなストーリーに敬意を表しながら、撥水加工を施した高品質のダウンです。 中野　ブランドの歴史をひとつひとつのアイテムに埋め込んでいるのですね。ウールリッチといえばこれ、というバッファローチェックはどのように扱われましたか？ トッド　鹿は赤を認識せず、人間だけが赤を認識するので、猟師からの誤射を防ぐためにこの派手な赤黒チェック柄のウールシャツが作られたのですが、触ってみてください。伝統的な赤黒のバッファローチェックをブラウン×クリームに替え、ウールリッチのためだけにつくられた100％カシミヤ製で、これまでのようなチクチク感はありません。 中野　ソフトで心地いいですね。実用性はそのままに、カシミアの高級感が加わり、これまでのイメージを裏切られます。 トッド　男性が購入し、奥さんが借りて繰り返し着る、という服がこれです（笑）。 中野　未来に向けてウールリッチをどのようなブランドにしていこうと考えていらっしゃいますか？ トッド　ウールリッチはすでにアメリカの生活に溶け込んでいます。シャツやジャケットなど、男性のワードローブには必ず何着かあります。とはいえ、本来はアウターウェアを発明したブランドです。スポーツマンのためのウェア。その豊かな伝統やストーリーを語りながら上質な服を提供していくことを大事にしていきます。 中野　伝統にラグジュアリーを加える、と先ほどおっしゃいましたが、どのようなラグジュアリーを目指していらっしゃいますか？ トッド　私たちは 「ラギッド・ラグジュアリー(Rugged Luxury)」という言葉で表現しています。剛健な機能性と贅沢さを融合させた新しいラグジュアリーの形です。たとえば、従来は機能性重視で着心地の悪かったアイテムを、カシミアを使用することで快適で上質な体験に変えています 中野　アメリカ中西部の実用主義と、グローバルな視点を融合させた独自のデザイン哲学で、ウールリッチを新たな次元へと導こうとしていらっしゃることがわかりました。「ラギッド・ラグジュアリー」というコンセプトは、機能性と贅沢を巧みに調和させ、現代の消費者の要求に応えています。日本市場や文化への深い理解と敬意もまた、デザインアプローチの核心を成していることを理解しました。ウールリッチとのコラボレーションを通じて、あなたがアメリカンクラシックの新たな章を開いていくようなワクワク感を覚えています。丁寧にインタビューにお答えいただき、ありがとうございました。 トッド・スナイダー ニューヨークを拠点とするアメリカのファッションデザイナーであり、Todd Snyder New York の創設者兼エグゼクティブ・バイスプレジデント。ポロ ラルフ ローレン、Gap、J.クルーで経験を積み、その後、2011 年に自身の同名レーベルを立ち上げた。メンズウェア・デザイナー・オブ・ザ・イヤーのノミネートや CFDA/Vogue Fashion Fund のファイナリストとして、アメリカファッションデザイナー協議会から2度表彰されている。そして 2024 年 米『 WWD』から Menswear Designer of the Year を受賞。 中野香織 ラグジュアリー領域を広くカバーする独立研究者。著書に『「イノベータ」で読むアパレル全史』『新・ラグジュアリー文化が生み出す経済10の講義』（安西洋之との共著）など。https://www.kaori-nakano.com/ 問い合わせ先：ウールリッチ 二子玉川店　Tel.03-6431-0150 https://www.woolrich.jp/