女子レスリングV13、伊調の五輪4連覇に死角無し!
もともと伊調は十代のころから感受性が強く、レスリングとはどういうものなのかに関心が高かった。しかし女子が初実施された2004年アテネ五輪や続く2008年北京五輪前は、伊調も「五輪で金を取ること」が目標だと言い続けていた。ただし、その目標には必ず「姉の千春と一緒に」という枕詞がついていた。今とは異なるモチベーションだったのだ。当時も彼女を本当に脅かすライバルは存在していなかったので、この目標がなければ一度の五輪金で満足し、とっくにレスリングを引退していたかもしれない。 ところが2009年のカナダ遊学後、2010年4月から千春が地元青森の教員に採用され選手として第一線を退くと決めると、次の五輪を目指す積極的なモチベーションをうしなってしまう。しかし同時期に練習拠点を東京に移したことで、伊調はレスリングに新たな面白さを発見する。隣で練習する男子のトップ選手たちが、それまでの自分の常識では考えられない精度を求めた練習を繰り返し、技術を磨いていたのだ。 このとき、伊調が本来持っていた感受性の強さや好奇心の強さ、深く思考する性質が、レスリングそのものを面白がることに向かわせた。 「レスリングはとても奥深いので、自分のレスリングを広げていくこと、新しい技を覚えていくことがとても面白いです」 モチベーションが劇的に変化したのちに初めて迎えた2012年ロンドン五輪も、伊調にはライバルらしいライバルが存在しなかった。それでも、彼女からレスリングに飽きたという言葉は決して出てこなかったし、今も聞かれない。それどころか「たぶん、完成することはないと思う。でも、理想のレスリングを目指します」と、まるで剣術に没頭するサムライのようなことを今も繰り返し言う。 今の目標は、自分がどういう技で点を取り、どのようにして試合を組み立てたのかビデオを見直さなくても話せるようになること。決勝で先制した両足タックルも「無意識だった」と悔しがり、完勝といえる今回の世界選手権への自己採点も「25点」と厳しい。 死角無しに見える伊調の現在だが、唯一の懸念はケガが増えて満足に動けない期間が増えていることだ。理想のレスリングを求めて以前より練習相手と組み合う複雑な練習を繰り返すため、どうしてもケガが絶えない。また決勝で対戦した21歳のぺトラ・オリ(フィンランド)のように、強いフィジカルを持ち、組み手の研究成果を形にする若手選手も現れている。 とはいえ、きっと、そういう懸念材料を克服する楽しみに変え、女子選手として史上初となるリオ五輪での4連覇を果たし、しばらくは強い伊調馨の時代が続くだろう。競技としての女子レスリングの未来は、伊調馨のそばから生まれそうだ。 (文責・横森綾/スポーツライター)