北の富士さん「あした俺、目医者に行ってくる!」愛された〝迷解説〟
【ベテラン記者コラム】 大相撲で優勝10度の第52代横綱北の富士で、解説者としても人気を博した北の富士勝昭(きたのふじ・かつあき、本名竹沢勝昭=たけざわ・かつあき)さんが82歳で死去した。平成10年1月に理事選挙に絡む騒動により55歳で日本相撲協会を退職。同年春場所からNHK大相撲中継の解説者を長く務め、歯に衣着せぬ評論や粋なたたずまいで愛された。 【写真】昭和45年に横綱昇進。歴代11位の優勝10回、派手な取り口で人気を集めた 横綱経験者ならではの技術解説や、大相撲界の慣習を踏まえたコメントはファンの高い支持を得ていた。また実況アナウンサーとの軽妙な語り口のやり取りが高い人気を集め、現代の土俵のあり方について忌憚のないコメントをするご意見番としても高い存在感を示したことが評価され、放送事業の発展や放送文化の向上に功績のあった人たちに贈られる「NHK放送文化賞」を受賞した。 令和4年九州場所3日目のラジオ解説で、豊昇龍が逸ノ城を寄り切って3連勝とした際、実況の酒井良彦アナが「北の富士さんが思わず両手を今、たたきました」と明かすと、北の富士さんは「黙ってなさい。解説者は平等に見なきゃいかん」と苦笑い。酒井アナは「ごめんなさい。失礼しました」と平謝りした。 また平成30年春場所7日目、鶴竜が貴景勝を押し出し7連勝を飾った一番は取組後に物言いがつき、長い協議となったが軍配通り鶴竜の勝ちとなった。ラジオ席から見守った北の富士さんは鶴竜の左のつま先が先に出ていると思ったため、「大事な一番だから、やはり厳しい判定をしなきゃいかんでしょ」と軍配差し違えを予想したが、軍配通りの結果に「目の錯覚かな? あした俺、目医者に行ってくる! これは拾い物だ。相撲の内容は悪くないけど」と〝迷解説〟で締めくくった。 名横綱にして希代の名解説者だった。現役時代は甘いマスクに長い脚を生かした外掛けなどの勝ちっぷりで沸かした。九重親方になってからは千代の富士(故人)、北勝海(現八角理事長)と2人の横綱を育てた。八角理事長によると、北の富士さんから「NHKで発表してから話してほしい」と生前に頼まれていたという。「すごく義理堅いところがある」と師匠の人柄をしのび、「入退院を10度くらい繰り返していた。最期は大変だったと思う」と悼んだ。 放送席で渋い和服やダンディーなスーツを着こなし、力士や親方衆へ厳しく、そして優しいメッセージを送った。歯切れいい口調は80歳を超えても健在だった。昨年春場所からNHKの解説を休場し、今年7月の名古屋場所初日のVTR出演がお茶の間に見せた最後の姿となった。舞の海秀平さん(元小結)とのユーモアを交えた掛け合いは人気を呼んだ。世代を超えて愛された元横綱だった。