一種の「軽さ」が真骨頂、異質の絵画・浮世絵と日本建築―すみだ北斎美術館
建築と絵画
江戸期の文化としては、俳句も歌舞伎もあげられるが、何といって浮世絵が代表であると筆者は思う。 建築家の眼で見ると、同じ絵画でも西洋と東洋では随分と様子が異なるものだ。西洋では、文字も絵も建築に彫り込むもので、レリーフ(浮彫)を基本にモザイクタイルやフレスコ画やステンドグラスが発達したが、東洋では、中国で早くから紙が発明されていたため、文字も絵も紙に筆で書く(描く)ものであった。そのため、西洋の絵は色彩そのものを塗りつけるのであるが、東洋の絵は筆による線描が基本である。 従って、西洋では画家と彫刻家が近い関係にあり、東洋では画家と書家が近い関係にある。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ・ブオナローティなどの画家兼彫刻家の存在、与謝蕪村や富岡鉄斎などの文人画家の存在がそれを示す。 日本の建築は、ある程度の文化文明をもつ国には珍しく徹底して木造で、軽く、薄く、細く、耐久性より即時性を重視する(中国では住宅をセンと呼ぶ煉瓦でつくり、東南アジアでは宗教建築を石でつくる)。 つまり西洋の絵画が、建築空間の一部として、数百年にわたる多人数の視線を意識して強く大きく描かれるのに対して、日本の絵画は、床の間の掛軸や巻物など、私的で即時的な視線を意識して柔らかく小さく描かれる。特に浮世絵は、量産を目的としたもので、一種の「軽さ」が真骨頂、ヨーロッパの宗教画などとは対極にあるが、こういったことも建築と無関係ではないのだ。世界に冠たる特異な絵画としての浮世絵は、日本建築の特質から生まれたともいえる。
浮世絵の近代性
浮世絵の特徴は、まず版画であるということだ。 つまり視覚の量産である。細い線描を基本にして、色を塗るというより染めるという感覚である。それが西洋の油絵にはない柔らかい美しさにつながり、現代のアニメやCGにもつながるのである。 描く対象も、宗教的教義や、貴人の肖像画や、自然の美しさといったそれまでの美術の定番題材を離れて、一般人の日常生活に即した、名所、宿場、風景、都市、役者、遊女といったもので、まさに市民生活である。江戸文化を市民文化といわず町人文化と呼ぶのは、江戸時代を遅れたものとする明治維新史観あるいは戦後民主主義史観の偏見ではないか。 そういった意味で19世紀のフランスに登場したダゲレオタイプの写真に近いところがあるが、とはいえ、絵画であるから写真とは異なる奇抜な表現力がある。 また日本絵画史において、浮世絵以前に特筆すべきものは『源氏物語絵巻』など「絵巻」である。絵を横に長く連続させ巻物とし、それを広げながら、視点をずらせることにより時間を追って物語を読み取る。絵巻という絵画の連続によるストーリーの展開性と、社会風俗を活写する浮世絵の複製性という二つの要素が、戦後日本のマンガ文化へとつながっているのだ。