小説で想定していた場所に東京湾岸警察署が…お台場を舞台にした刑事ドラマ「ハンチョウ」の原作に迫る
■短編小説を書く楽しさと難しさ
――お台場に戻ってからは、長編と短編をほぼ交互に刊行されていて、今回は十編が収録された短編集です。ふだんあまり目立たない脇役がクローズアップされたり、各編に胸を打つ台詞があったり、印象深い作品ばかりでした。 今野 特にシリーズ短編はそういうことができるのがいいですね。でも書く方は大変で、短編一編でも長編と同じくらいのエネルギーが必要ですので、短編連載の年は苦労します。長編の連載の方が楽といえば楽ですね。 ――読む方はそういう苦労に気づきません。気づかせないのがベテランの腕なのでしょうけど。 今野 もともと短編を書くのが好きということもあります。書いていて苦労は多いが楽しい。最近は出版事情が良くないし、短編集になるのかも未知数なので書かない人が多いけど、短編は本当に勉強になるので、若い作家も書いてほしいですね。 ――短編の方が決め台詞や格好いい台詞が目立つ気がします。一編に一つは必ずある。 今野 小説ってそういうものですよ。長編でも決め台詞は一つか二つ。短編だと短い中で一つは必要なのでそこは大変ですが、短編集全体で読むと長編よりこちらの方が多くなるのでかえって贅沢です。 ――今野さんは警察小説を以前から書き続けてきましたが、「このミステリーがすごい!」のランキングを眺めていても、最初の十年くらいは警察小説がほとんどなかったことに気づきました。大沢在昌さんの『新宿鮫』と高村薫さんの『マークスの山』くらい。 今野 大沢さんの『新宿鮫』は警察小説というよりハードボイルドアクションだよね。 ――横山秀夫さんが二十世紀末に出てきて、捜査畑じゃない警察官が主人公の警察小説で注目されて、それから今世紀になって警察小説がミステリーのジャンルとして大きく注目されるようになりました。 今野 いまの警察小説は横山さんが作ったと思います。自分もずっと書いていたけどあまり読まれていなかった。横山さんのおかげで皆さんがこのジャンルを読んでくれるようになった、そんな気がしてます。六〇年代には藤原審爾さんの「新宿警察」シリーズがあったけど、それ以外にチーム捜査を基本とした警察小説がなぜなかったのかと考えていて、ある時気がついた。池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」があった。日本人はあのシリーズで皆満足していたのじゃないでしょうか。 ――それは卓見かも。横山さんと今野さんは中興の祖かもしれませんね。ともあれこのシリーズの短編を読んでいると、江戸の市井小説のような味わいを感じる時があります。 今野 そのへんも鬼平の影響があるかも。警察小説って何でも盛り込めるいい器なんですよ。警察官が中心にいれば、捜査小説はもちろんのこと、家族小説にもなるし犯罪小説にも恋愛小説にもなる。非常に使い勝手がいい。犯罪以外のところにもドラマがある。警察内の人間関係、上下関係、組織と個人の対立とか、たぶんそちらを描く方が面白い。 ――今野さんは現在警察小説だけでも十シリーズくらい書いていますが、本シリーズに対する思いはいかがでしょうか。 今野 とにかく警察小説を書きたかったので、これを書き始める時は嬉しくてしかたがなかった。その時からこれはライフワークにしようと思っていました。このシリーズだけは死ぬまで書き続けるつもりです。 【著者紹介】 今野敏(こんの・びん) 1955年、北海道生まれ。上智大学在学中の1978年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。卒業後、レコード会社勤務を経て専業作家に。2006年、『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、2008年に『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。2017年、「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。2023年、日本ミステリー文学大賞を受賞。著書に「東京湾臨海署安積班」「任?」シリーズなど多数。 【聞き手紹介】 西上心太(にしがみ・しんた) 文芸評論家。1957年生まれ。東京都荒川区出身。早稲田大学法学部卒。同大学在学中はワセダミステリクラブに在籍していた。日本推理作家協会員でもあり、数々の推理小説で巻末解説を担当している。 [文]角川春樹事務所 構成:西上心太 写真:島袋智子 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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