リンダ・キャリエール、封を解かれた細野晴臣プロデュースの幻のアルバム徹底解説
フュージョンやAORの洗練が加わった、都会的なソウル・ミュージック
フュージョンやAORの洗練が加わった、都会的なソウル・ミュージック そして『SMiLE』と同じく、数十年のときを経て、私たちの前に未知なる全貌を現した。それは時代の空気にさらされることなく、純粋無垢のまま真空保存されてきたからか、驚くほど新鮮で、活きのいい響きを聴かせる。 あらためて本作のクレジットを確認すると、収録された全10曲は大きくふたつに分類することができる。細野が編曲を手がけた6曲(細野自身の作曲が4曲、矢野と佐藤の作曲が1曲ずつ)と、山下が編曲した4曲(山下自身の作曲が2曲、吉田の作曲が2曲)だ。そういった意味では、本作は細野と山下がもっとも緊密なコラボレーションを行った作品と言うことができる。ちなみに詞はすべて英語で、詩人であり脚本家でもあるジェームス・レイガンが作詞している。 細野が当初目論んでいたと見られる、雑多な音楽的要素の交配は、たしかに一部の曲では成果を得たのかもしれない。たとえば矢野が作曲した「Laid Back Mad Or Mellow」は、朗らかな和の色調が可憐な1曲で、マリンバを用いたアレンジが細野の『泰安洋行』とも通ずるエキゾチックな彩りを添えている。 だが全般的にいえば、このアルバムに収められているのはフュージョンやAORの洗練が加わった、都会的なソウル・ミュージックだ。細野は『泰安洋行』をリリースしたあと、1978年のアルバム『はらいそ』へと至る過程で、ニューヨークを中心に活動するスタジオ・ミュージシャン・グループ、スタッフの演奏に強く感化された。そのため細野が編曲し、おそらくはティン・パン・アレーの面々(鈴木茂、細野、林立夫、鍵盤は佐藤や矢野や坂本龍一)が演奏する楽曲には、ルーズでありながらもソフィスティケイトされた、通常なら相容れない魅力が交錯している。 それに対して山下が編曲を担当した曲で際立つのは、緻密なアレンジだ。山下はこのアルバムの制作時に、ほぼ並行するかたちで自身のアルバム『SPACY』を制作していた。1977年にリリースされたこのセカンドアルバムは、前年のファーストアルバム『CIRCUS TOWN』でプロデューサーを務めたチャーリー・カレロからすべてのスコアを受けとり、編曲の方法論を学びなおしたうえで作られている。 おそらくその方法論がここでも存分に生かされたのだろう。フォーリズムのスリリングな演奏に、ホーンやストリングスやコーラスがきめ細かく重なる、多層的なアレンジは心地いい。演奏を担うのは、たとえば「Up On His Luck」ではギター=山下、ベース=細野、ドラム=林、エレクトリックピアノ=佐藤で、「Love Celebration」はギター=松木恒秀、ベース=高水健司、ドラム=村上“ポンタ”秀一、エレクトリックピアノ=佐藤といった『SPACY』と同様の布陣だ。 吉田が作曲した「Proud Soul」については、他の曲と比べてシンプルなアレンジに聴こえるが、これは山下が共同プロデュースを務めた吉田の1977年のアルバム『TWILIGHT ZONE』の方向性と一致する。本作の白眉は吉田が作曲した、サビに向かい高揚感が突き抜けていくシティソウル「Loving Makes It So」だ。 このアルバムのレコーディング時、細野は29歳、山下は24歳だった。その後、細野はYMOを結成し、日本発の音楽を海外で売りだすという目的を達成して、山下は1980年のアルバム『RIDE ON TIME』でチャートの1位を獲得し、国内屈指のヒットメイカーとなる。いや、ふたりだけでなく吉田も、矢野も、佐藤も……言い出したらきりがない。だが1977年にお蔵入りし、そのまま長い眠りについたこのアルバムは、彼らの未来を知らない。伝説がようやく封を解かれた。 <リリース情報> リンダ・キャリエール 『Linda Carriere』 CD(Blu-spec2仕様)2024年7月17日発売 ¥3300(税込) LP(完全生産限定盤) 2024年8月3日発売 ¥4730(税込) 商品特設サイト =収録曲= 1. Up On His Luck 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:山下達郎 2. Loving Makes It So 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:吉田美奈子 3. Sunday Girl 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:細野晴臣 4. All That Bad 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:細野晴臣 5. Proud Soul 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:吉田美奈子 6. Laid Back Mad Or Mellow 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:矢野顕子 7. Child On An Angel’s Arm 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:細野晴臣 8. Vertigo 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:佐藤博 9. Love Celebration 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:山下達郎 10. Socrates 作詞:ジェームス・レイガン 作曲:細野晴臣 ALFA MUSIC 55周年特設サイト
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