伊藤比呂美「ホットカーペットに溶ける」
実は、あたしの愛用しているオイルヒーターもちょっと危ない。 この間、洗濯した毛布をその上にかけて乾かした。あっという間に乾いたから、こりゃいいと思ってもう一枚。そしたらなんか臭うのですよ、家の中が。気がついたときにはかなり臭くて、つまり濡れた毛布が調節つまみにかぶさって、熱を持って、調節つまみがすっかり溶けてしまっていた。その結果、オイルヒーターも、最強で暖めるしかできなくなってしまったのだったった。 枝元に報告したら、容赦なく「バカだねーー」と言われた。まったく穴があったら入りたかった。「もう捨てなよ?」と言われたけど、まだ捨ててない。 しかし、普段は殺伐として、歩くしかない板の間なのに、カーペットが敷いてあるだけで、そしてそれが暖かいだけで、なんでこんなにごろりとして、手足を伸ばそうという気になるのだろう。 猫たちは全身を弛緩させて溶けている。 あたしが老犬ニコを抱えてごろりとする。するとテイラーがのそりと来る。そして至近距離にどたりと横になるから、その手や足をひっぱったり、腰を揉んでやったり、反撃されてかみつかれたりして遊んでいると、メイがのそりと来る。 老犬ニコ、誰ぢゃと思う読者も多かろう。カリフォルニアに残してきた犬だ。十一月に念願の呼び寄せがかない、今ここにいる。
この頃、猫たちが変わった。かれらももう四歳だ。仔猫だったときの、宇宙人と暮らしてるような、猫じゃらしで遊ぶときはおもしろいけど、後はコミュニケーションが取れないというような、あの不思議な感じがなくなった。いつもあたしのそばで、いつもあたしのことを見ていて、ずっとあたしといっしょに生きていきたいと思っているように、人臭くなった。 メイはつねにどっしり構えて、動物たちの頂点がクレイマーだとしたら、家のすみずみに気を配って守ってくれる執事みたいな存在になってるし、テイラーはすごいおしゃべりで、間断なくあたしに話しかけてくる。 そもそも犬も猫も、声というものをあまり出さないから、テイラーは、よく声を出す動物(あたし)に向かって、わざわざあたしの使う言葉(それが声)を使って話しかけてくれてるのかもしれない。 なんてことを考えながら、あたしはカーペットの上で大の字になる。 ニコは穏やかに眠っている。クレイマーは犬用ソファに寝そべって、あたしから声をかけられるのを待っている。チトーは野犬だったことなんてすっかり忘れたみたいに、しっぽをぶんぶん振りながら、遊んでくれるものはいないかと、御用聞きみたいに一匹ずつ聞いてまわっている。
伊藤比呂美