行定勲監督、韓国ドラマ初挑戦で感じた日本との違い 意見する俳優陣に撮影スタッフの力技「とても優秀」
“海外あるある”に戸惑いも
一方、製作体制には戸惑いもあったという。当初は配信のみ全8話のドラマだったが、途中からKBS(韓国の三大ネットワーク局)のドラマ枠で放送されることも決まり、放送フォーマットである12話に増やすことになった。そのため、スケジュールが思いのほか短くなってしまい、普段のように粘る演出はできなかったという。 「事情が変わるのは、“海外あるある”ですが、事情を聞いても仕方ないし、自分はやるべきことをやるだけだと思いました。9話以降は自分で脚本を書き直しました。そこには注目してほしいです」 現場での厳格な労働時間ルールにも違いを感じたという。 「日本ではグロス(全体)で考えるのが慣習ですが、韓国では撮影日数ごとの契約で、現場スタッフの労働時間は週52時間以内と決まっています。実働は週4日間しかありませんでした。実働日数で製作費も変わっていくので、時間とのせめぎあいもありました。スタッフは、このことも理解した上で現場に入っています。移動時間がもったいないので、急きょ近場でロケすることも度々ありました。カメラマンはロケハンもしていない場所でも、あたかもプランがあったように撮り始めるので、とても優秀だと感じました。日本人は良くも悪くも慎重で、準備を怠って撮影することができない。韓国は変更を受け入れ、その不完全な環境の中でも力技で成立させる。そこは日本とは違う部分かもしれないと感じました」 連続ドラマの演出は、流れ作業的な面も多く、最終編集権も持てなかった。だが、編集マンは行定監督のオフビートな演出を理解してくれた人物で、意図も汲み取ってくれたという。 「韓国ドラマをやってみて、なぜウェブトゥーンが韓国ではやっているのか、よく分かりました。ウェブトゥーンは縦型のスクロールで見るコミックですが、これが韓国の映画作り、ドラマ作りと直結しているんです。基本的には縦ノリのビートでノリをよく、悲しい時はバラードといった感じで単純化されている。それでいて、ある程度のクオリティーを作り上げています。そこには現場の底力を感じました」 世界の映像業界の主流は、映画から配信にシフトしつつある。「韓国ドラマの製作現場を経験したことで、配信、地上波、映画の世界が変わっていくんだと実感しました。もう1回韓国ドラマをやるかは分かりませんが、韓国映画界で撮ってみたいという気持ちはあります」と行定氏。制約の多い中で、韓国人スタッフ、キャストと一つの作品を作り上げた手応えを感じつつ、時流の変化も肌で感じ取ったようだ。 □行定勲(ゆきさだ・いさお)1968年8月3日、熊本県出身。2002年『GO』(01)で、第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ数々の映画賞を総なめにし、脚光を浴びる。2004年『世界の中心で、愛をさけぶ』が、興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象に。2018年『リバーズ・エッジ』が、第68回ベルリン国際映画祭にて国際批評家連盟賞を受賞。その他にも、『北の零年』(05)、『今度は愛妻家』(09)、『真夜中の五分前』(14)、『ナラタージュ』(17)、『窮鼠はチーズの夢を見る』(20)、『リボルバー・リリー』(23)などを手掛ける。
平辻哲也