【インドネシア】オール与党体制、調整難航も 識者が見るプラボウォ政権の船出
インドネシアで21日に発足したプラボウォ・スビアント政権は前政権からスリ・ムルヤニ財務相ら経済閣僚が留任した一方、閣僚数は4割増の48人に増えた。年8%の経済成長や食料自給の達成など野心的な目標を掲げるプラボウォ政権は、国会で野党不在の「事実上のオール与党体制」となるもようだが、官僚組織の拡大が政策調整や経済成長の足かせになるとの指摘がある。新政権の経済運営や閣僚人事から見えるプラボウォ氏の組閣の狙い、ジョコ・ウィドド前大統領の政治的影響力、対日関係などを5人の識者に聞いた。 プラボウォ新政権の経済運営について、インドネシア専門コンサルティング会社、松井グローカルの松井和久代表はNNAに対し「再任したスリ財務相が歳出増の圧力をどのように抑えていくかにかかっている」とコメントした。組閣の終盤でスリ氏の続投が決まり、新政権が構想した歳入省の設置は見送られ財務省の分割は回避されたが、財務副大臣が3人配置されたため副大臣を通じた歳出拡大への圧力は続く可能性があるとの考えを述べた。 地場シンクタンクの経済金融開発研究所(INDEF)のエコ・リスティヤント氏は、専門家として経済運営の実績のあるスリ氏は新政権でもキーマンとなると指摘。国家経済諮問委員長に就いたルフット前調整相(海事・投資担当)も相談役として役割を果たすだろうと述べた。 エコ氏は各省を束ねる調整省に新設されたインフラ・地域開発、食料、地域社会開発の担当相について、就任したのはいずれも政党の党首だとした上で、省庁間だけでなく政党間の調整も図ることになるため政策調整が難航する可能性があると指摘。「インフラ、食料、地域開発の課題解決を加速させるには最適ではない」との考えを述べた。 官僚組織の拡大で経済成長の鈍化や財政悪化を懸念する声も上がる。エコ氏は「プラボウォ氏が掲げる年8%の経済成長はおろか、ジョコ政権期の5%の成長を維持することも難しくなるかもしれない」との見方を示した。 政治専門家のイクラル・ヌサ・バクティ氏は、経済面ではインドネシア商工会議所(カディン)元会頭のロサン投資・下流化相の役割が期待されるほか、入閣はしていないものの、プラボウォ大統領の実弟で実業家のハシム・ジョヨハディクスモ氏(アルサリグループ会長)が貿易や国際協力の面でも大きな役割を担うだろうと見通した。 経済改革センター(CORE)のモハマド・ファイサル理事長は「実業界から閣僚に任命された人が複数いるため、ガバナンスの観点から利益相反とならないようビジネス上の役職から離れ、職権の乱用が起こらないようにしなくてはならない」と指摘した。 ■資源関連業界と距離近づく 政権と産業界の距離感について、松井グローカルの松井氏は石炭などの資源関連業界とはさらに関係が深まりそうだと指摘し「開発政策を国家予算のみで賄うのは困難で、民間との距離はさらに近くなるだろう」と予測した。実業家のハシム氏がプラボウォ一族の一員として、政権と実業界の重要なパイプ役を果たしている様子がうかがえるとも分析した。 閣僚の中には、プラボウォ氏を大統領選挙で支援した、カリマンタン島などで資源・オイルパーム事業を手がける有力企業家と関わりを持つため登用されたとうわさされる人もいるとした。 松井氏は、プラボウォ氏が実質的に野党不在となる中でどのように利権調整するのか注目されるとした。 ■ジョコ氏は影響力維持できず ジョコ政権の閣僚が多数続投となった一方で退任後のジョコ氏の政治的影響力に関し、松井氏は「たとえジョコ氏に登用され新政権に入った閣僚でも、プラボウォ大統領の意向を最優先する」とし「プラボウォ氏はジョコ氏を丁重に敬う態度を示しつつも自分のカラーを出していくだろう」と述べた。 松井氏は、ジョコ氏が退任後に影響力を維持するほどの政治基盤を作れず、ジョコ氏の長男ギブラン副大統領も新政権での役割分担がまだ明確でない上、過去の発言が物議を醸しているため立場は不安定な状態だと解説。「プラボウォ氏の意向がおのずと反映され、ジョコ氏が新政権に影響力を維持することはできない」との考えを述べた。 また国政政党のうち、ナスデム党、福祉正義党(PKS)、闘争民主党(PDIP)は入閣を辞退したとされているが、これら3党は野党となる意向を示していない点も指摘。闘争民主党は、メガワティ党首とプラボウォ氏との会談日程を慎重に見極めている段階で、基本的にプラボウォ政権支持の方向性を見せていることから「このままいけば、政権批判勢力のないオール与党状態になる」との見方を示した。 プラボウォ氏の政治スタイルについて、松井氏は「調整型ではなく命令型に近く、強い指導者像を見せ、トップダウン型で進める可能性が高い」とした。 内閣人事でも国家官房長官、外相、法務相など国家の枠組み支える重要閣僚にプラボウォ氏が党首のグリンドラ党出身者を集めたほか、国軍ルートで大統領府高官も含めて「忠実な部下(特に陸軍特殊部隊出身者)」で固めていると解説した。 世論調査・政策分析を手がけるPopuliセンターのシニア研究員のウセップ氏も、プラボウォ氏はメガワティ氏との協力機会を開いており、ジョコ氏の影響力が維持されるかは様子見が必要だが、闘争民主党などの勢力とのバランスの下で薄れていくだろうと指摘した。 ■対日関係は良好で推移見通し 松井氏は新政権の対日関係について「基本的に良好のまま推移すると考える」と述べた。具体的に、日本の開発協力事業で協働した大臣がいるなどとし「これまで以上に新政権が何を求めているかを細かくキャッチし、具体的な行動をもって新政権と向き合うことが求められる」とした。また、前政権と比べて米国で教育を受けた閣僚が多い印象だとも付け加えた。 政治専門家のイクラル氏は、新たに就任したスギオノ外相は外交実務経験が乏しいとみられることから、事実上外交はプラボウォ氏が担い、副大臣らがそれを支えるだろうとの見方を示した。プラボウォ政権でも、産業の下流化などで中国に経済面で依存する関係性は変わらないとしつつも、日本には交通インフラなどの分野で貢献が期待されるとした。 また、プラボウォ氏はジョコ氏と異なり、多国間外交の場に積極的に参加するスタイルの違いも出てくるだろうと指摘した。 <資料>プラボウォ新政権の閣僚名簿(10月22日付)<https://www.nna.jp/news/2719024>