NBAドラフト候補八村塁は豪球捕れる捕手不在で野球からバスケへ転向!
来年のNBAドラフト候補として急浮上しているゴンザガ大のエース、八村塁(20)が全米の注目を集めている。昨年はNCAAトーナメントで準V。先月は強豪8校が集結してハワイで開催された「マウイ・インビテーショナル」でチームを優勝に導き、大会MVPに選ばれた。来年のNBAドラフトで1巡目指名されるのではないか、という気運が高まっており、地元スポケーンのスポークスマン・レビュー紙は「(八村)塁は誰だ? 誰も受けることのできなかった彼の速球が進路を“野球の神童”からNBAドラフト指名の可能性のある選手へ変わらせた」との見出しを取って特集記事を掲載した。 記事は八村の入学1年目の苦労を「八村塁は、ストレスのかかる1年目をスポケーンのゴンザガ大学で過ごせたことに感謝している。彼は、ざっと5000マイル(約8000キロ)離れた日本の富山からやって来た。無数の指導時間を要する難しい言語を学んできた。そのためにバスケットボールの練習時間の多くを犠牲にした。彼は、最初コーチからの指示を理解できなかった。1年目はプレー時間も限られてほとんどが大差の試合展開だった」と紹介。 当時を振り返る八村の「厳しいということは知っていましたが、ここまで大変だとは思っていませんでした。多くの人が助けてくれました。その助けがなければ、今のようにはなっていないでしょう。(当時は)辞めることは考えませんでしたが、もし今、考えるのであれば、(日本に)帰っているかもしれませんね」というコメントを掲載した。 記事では富山市立奥田中学時代からバスケットを始めた際の驚愕のエピソードも明らかにされていた。 「八村がバスケットボールを始めたのは中学校の時。いくつかスポーツを試したが、日本で最も人気のある野球を6年間、続けた。(日本では)1つのスポーツを1年間、続ける必要があり、2つのスポーツを行うことはほぼ不可能だった。彼は凄い速球を投げる投手だったが、バスケットへ転向した理由を『誰もボールを受けることができなかったんです。それで(バスケットボールに)変えたんです』と笑って明かしている」 誰も捕球ができないという速球がどの程度のものだったか、興味深いが、八村はクラスメートから勧められバスケットボートへ転向した。もし、そのまま野球を続けていれば大谷翔平級になっていたのかもしれない。 同紙によると、しばらく決断ができなかったが、最終的にバスケット転向を決めたとき「(コート内で)何をすればいいのか、わからなかった」という。 ゴンザガ大入学のきっかけは、2014年にドバイで行われたU-17世界選手権での日本代表としてのプレー。大会得点王に輝き、アメリカ戦で25得点を挙げたことが、同大学のアシスタントコーチを務めるトミー・ロイド氏の目に留まったもの。 八村のプレーを実際に見たロイド氏は、「良く動き、とても器用でドリブルもできた。フォロースルーは基本通りで強さと爆発力があった。たくさんの素晴らしい能力があった」という。八村に対しては、アリゾナ大学、ルイジアナ州立大学(LSU)、アイオワ州立大学、ゴンザガ大学の4つの大学がスカラシップなどを提示して勧誘した。 八村はアリゾナ大学とゴンザガ大学の2大学を実際に訪れて見学、説明を受けたが、「ワイルドキャッツ(アリゾナ大学)のプログラムのすべてを気に入っていたが、ゴンザガ大学の選手、スタッフ、海外選手に成功をもたらしてきたプログラムを好んだ」との理由でゴンザガ大を選んだ。