ルームシェアの達人、蛙亭イワクラが「ほどよい距離感が魅力」の映画『コーポ・ア・コーポ』に抱いた既視感とは?
岩浪れんじの同名漫画を実写化した映画『コーポ・ア・コーポ』(公開中)では、大阪の下町にある安アパート「コーポ」を舞台に、フリーターのユリ(馬場ふみか)、女性に貢がせて暮らしている中条(東出昌大)、女性への愛情表現が不器用な肉体労働者の石田(倉悠貴)、コーポの一角で怪しげな商売を営む初老の宮地(笹野高史)ら、訳あり住人たちと彼らを取り巻く人間模様が描かれる。 【写真を見る】大阪の下町にある安アパート「コーポ」を舞台に訳あり住人たちと彼らを取り巻く人間模様が描かれる! ■「『コーポ』はめちゃめちゃいいお家だと思いました」 MOVIE WALKER PRESSでは、“他人とのちょっと変わった同居エピソード”を持つお笑いコンビ「蛙亭」のイワクラに本作を観賞してもらい、インタビューを実施。「芸人の第一歩はルームシェア」という考えのもと、大阪時代に同期の芸人と、東京ではお笑いコンビ「オズワルド」の伊藤俊介、ピン芸人の森本サイダー、お笑いコンビ「ママタルト」の大鶴肥満らとこれまでに合計3度、芸人同士のルームシェアを経験したイワクラは、“家族ではない人”と暮らすことの良いところも、そうでないところも知り尽くした人物だ。本作で描かれる「コーポ」での暮らしについても、住人たちの距離感という点でルームシェアに近いものを感じたという。 「笹野さんが演じていた宮地はみんなをまとめていて、登場時からオズワルドの伊藤(俊介)くんっぽいなと思いました。人生を長く生きていて、いろいろなことを見ているからなのかな。住人が首を吊って死んでいるのを発見しても『ああ…』という反応で、焦らずどっしりと構えている。どこか淡々としているし、『ぼちぼち生きてたらいいよ』というスタンスも似ていると思いながら観ていました」と、冒頭から既視感を覚える人物が登場していたと話す。一方、馬場ふみか演じる辰巳ユリは、家族のしがらみから逃げてきたフリーターだ。「自分っぽいとかではなく、感情移入できるキャラクターでした。普通に真っ直ぐにお母さんの愛情が欲しいだけなんだろうなって。ユリのうまく生きていけない感じとか、それを周りの人が支えるとまではいかないけれど、寄り添うというか、そばにいるというか…。『コーポ』はめちゃめちゃいいお家だと思いました」。 3度のルームシェアを経験したイワクラが「いいお家」と太鼓判を押す「コーポ」の魅力は、住人同士の距離感だという。「お互いの過去についても深く聞きすぎず、しゃべりたいんだったらしゃべれば?みたいなスタンスがすごくいいと思いました。とくにいいと思ったのは、タバコのシーン。毎度、タバコの交換をせがんでくるおばちゃん(藤原しおり)、いいですよね。あのコーポを離れたら、『あっち行けよ!』と煙たがれて、一発で弾かれるタイプだけど、タバコ一つでこんな交流の仕方が描けるんだとびっくりしました。“ちょうだい”ではなく“交換”っていうのがすごくいいですよね」とお気に入りシーンを挙げてくれた。 イワクラ自身も、そんなほどよい距離感に救われた経験が何度もあるそう。「仕事で落ち込んで、部屋に閉じこもって泣いていると、伊藤くんがやってきて、まさに『しゃべりたいなら聞くし、しゃべりたくないならほっとくけど』と話しかけてきてくれて…。話を聞いてほしい私はバーッとしゃべるんですけど、それをひたすら聞いて、最終的にはアドバイスもしてくれる。助けられましたね」と感謝しながらも「でも、ノックしないで部屋に入ってくるのだけはめちゃくちゃ嫌でした!」と笑顔で指摘。「めちゃめちゃ嫌だ」と笑顔でストレートに伝えることができる。その距離感こそがルームシェアならではとのこと。 「部屋に鍵をつけようとしたことは何度もあります。何回言っても直らないし…。でも不思議と諦めがつくんです。なんでも話すし、嫌なところも全部さらけ出している関係だから気になることもいっぱいあるけれど、『言っても直らない』といい意味での諦めがつく。直してもらおうとも思わないし、自分にも悪いところあるしなって納得しちゃうんです。コーポでの“タバコ交換”のようなことが連続で起きるのがルームシェア。例えば、伊藤くんはいつも電気をつけっぱなしにしていて、それを私が消す。この繰り返しです。最初は『消して』と言っていたけれど、そのうち『気づいた人が消せばいい』って思うようになりました。これが家族だと違ってきます。親が子どもの躾として直すように言ってしまうから。そういう、家族ではキツイと感じる部分がないルームシェアは楽。楽な関係なのに、家族っぽさも味わえる。若干ズルいのかもしれないけれど」と明かしてくれた。 ■「だらしない人が集まって住むことが一番いいルームシェアだと思います(笑)」 距離感は保ちつつ、必要な時はお互いに支え合うことも。亡くなった人の私物を住人たちがそれぞれ持ち帰るという劇中の行動も近しいものがあるという。「ルームシェアでもモノの貸し借りはよくあります。基本みんななにも持ってないんです、お金がないので(笑)。例えば、誰かがコントで女性の役をすると言ったら、メイク道具を貸して洗面台でメイクを教えてあげたり、おもしろくなるようにみんなでアイデアを出し合うという助け合いはたくさんありました」。 「コーポ」の住人と違い、ルームシェアでは様々なものをシェアして暮らす。快適に暮らすためのルールはあるのだろうか。「大阪で2回、東京で1回、すべて芸人とのルームシェアですが、一度もルールを決めたことはありません。ルールを決めると誰かが破った時にムカついてしまうから。ルールを決めて、誰かが破って揉める。ルームシェアをしているほかの芸人たちのそういう姿をたくさん見てきたのでルールは決めないと決めていました。お互いに誰も注意しない、だらしない人が集まって住むことが一番いいルームシェアだと思います(笑)」と、理想のルームシェアを明かしたイワクラ。役割分担もルールも決めないルームシェアをしてきたが、東京ではごく自然にそれぞれに役割ができていたという。「私は掃除担当、大鶴肥満が洗濯担当、伊藤くんがご飯担当で、なにもできない森本サイダーは『僕は汚い仕事をします!』と立候補して、ゴミ捨てとか虫を殺したりしてくれました(笑)。奇跡的に役割分担が自然にできたルームシェアでした」。 そんな東京でのルームシェアでも、イラッとすることやびっくりすることはあったそう。「トイレットペーパーを毎回ちょこっとだけ残して替えないとか…。犯人は伊藤くんか大鶴肥満だってわかってるけれど、わざわざ言わない。自分が替えれば済むだけの話なので。大鶴肥満は体重が189キロもあったからトイレの便座にヒビが入ったりするし、人より食べる量が多いのでうんちの量も動物レベル。毎朝爆発音のような音を出してうんちをしていました(笑)。最初はびっくりしたけれど、みんなその音で起きるようになって。動物園の飼育員のような気分だったので、嫌な気は全然したことなかったです。ルームシェアって不思議で、だんだん慣れてくるんですよね」と笑い飛ばす。 「コーポ」の住人たちは、顔を合わせる度になにかと声を掛け合う。ゆるくつながりながら、互いの身に起きていることを気遣う関係が描かれるが、ルームシェアではお互いに気になることが出てきたら“家族会議”をしていたそう。「後輩から私とサイダーにと誕生日にいちごを2パックもらったことがあったのですが、翌日空になったパックを1つゴミ箱で発見して、みんなでリビングに集まって家族会議になりました。食べたのはサイダーでした。2人の誕生日にともらったのだからサイダーが食べるのは全然問題ないんです。でも、“いちごはみんなで分けて食べるモノ”だと思っていた私たち3人は、なぜ一人で食べたのかを確認したくて。話を聞いたら、これまでサイダーも家族とは分けて食べていたと。だったら、これからは分けて食べようってことに。 『こうしろ!』ではなく、みんなで考え方をすり合わせるのがルームシェアの楽しさだと思います。自分へのプレゼントを一人で食べて『なぜ?』『どうして?』といろいろ訊かれたサイダーが、途中『わからない!』とパニックになったのも含めて、楽しい時間でした。ただ、この事件はこれだけでは終わらなくて…。実は残りの1パックを私が食べずに腐らせてしまい、隠れて捨てようとしたところを目撃されて、再び家族会議が開かれました。その時にサイダーが『腐らせるより一人で美味しく食べたほうがいいじゃん!』と言っていたのがすごくおもしろかったです(笑)」と話し合うことの大切さを感じたエピソードを披露。「疑問を溜め込んでしまうのはダメ。言わなくてもわかると思わずに、少しでも『?』となったら『どうして?』と訊くのがルームシェアで快適に暮らすコツだと思います」。 ■「どんな話でも、どんな時間でも『なに?』くらいのノリで聞いてくれるのも芸人同士のいいところ」 イワクラは、これまで経験してきたルームシェアを「丁寧な暮らしの真逆」と振り返り、「暮らしが俺たちについてこいみたいなスタンスで生きています(笑)。ムカつくことも多かったけれど、楽しいこともたくさんあったし、なんとかなるとか臨機応変に対応するということを学んだ気がします。ティッシュがなければトイレットペーパーを使えばいい、みたいな。劇中でもトイレットペーパーをハンガーにかけて部屋に置いてあるシーンがありましたが、あれはあるあるかもしれないです。最初のルームシェアの時はキッチンもテーブルも床も全部トイレットペーパーでまかなって、ティッシュは買ったことないかも。床にこぼしたものも、どうせ洗濯するからと洗濯前のTシャツで拭いているヤツもいて。なんか無敵な感じがありました。私は賞味期限に囚われて生きてきたけれど、男性陣は結構強気で、火を通せばなんとかなるって食べたりして。本当に腐っていてなんとかならない時もあったけれど(笑)、ちょっと強く生きてみようと思えるようになりました」と過去3回のルームシェアから学んだことにも触れた。 石田の職場でバイトをする女子大生の高橋(北村優衣)がコーポを訪れる場面がある。借りた雨合羽とタオルを返しにさくらんぼを持ってやってきた際の彼女の反応やその後の住人たちとの交流もイワクラが注目したポイントだ。「いわゆる貧乏芸人のような生活とは無縁の女の子がルームシェアの様子を見て、『ここで暮らしているの?』みたいな表情をしたのをすごく覚えています。スリッパがないことにも驚いていたし、スリッパなしでどこを歩けばいいのでしょうか、という感じで。でも、石田くんの部屋に来た女の子は割と驚いていなかった。そこもめっちゃいいなって思ったポイントです。私の友だちが泊まりにきた時は、お風呂上がりに全裸で歩く男性陣を見て大爆笑していました(笑)。裸で歩くし、床も汚いし、普通にその床でご飯を食べたりもする。『当たり前からはかけ離れているけれど、おもしろいし、憧れる』と言ってくれたのはうれしかったです」。 ルームシェアをたくさん経験してきたイワクラには、今後誰かと暮らすことについてどのような考えがあるのだろうか。「ルームシェアではなくマンションを作りたいとは思います。コーポの人たちのように、干渉はしないけれどお互いを想っている人という関係は芸人同士ではすごく多い気がしていて。めちゃくちゃおもしろいし、楽しいし、愛だけで生きている人たちなので、一緒に住んで、言いたいことを言っても喧嘩にならない。納言の薄幸さんとはよく『将来、同じマンションに住もう』と話しています。いまでも、自分の住んでいる部屋の隣が空いていたりすると、『引っ越して来ない?』って誘ったりしちゃいます。どんな話でも、どんな時間でも『なに?』くらいのノリで聞いてくれるのも芸人同士のいいところ。だから近くにいてほしいのかもしれません」。 取材・文/タナカシノブ