ペドロ・アコスタはMotoGPが求めたルーキー? 19歳スペイン人が単なる”若くスピードのあるライダー”に留まらない理由
MotoGPの2023年シーズンが閉幕し、既に界隈の視線は新たなシーズンへと向けられている。最高峰クラスにおいては大型ルーキーのペドロ・アコスタが注目を集めているが、彼は単に速いだけの新人ライダーという存在ではなさそうだ。 【ギャラリー】2024年に向けて本格始動! MotoGPバレンシアテスト 12月3日、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)の年間表彰式がイギリス・リバプールで行なわれた。この冬の寒さの中、朝からリバプールに詰めるというのは率直に言って夢中になれるようなことではないし、それはシーズンが終わったばかりで休みたいであろうライダー達にとっては尚更かもしれない。 アコスタも恐らくそういった気持ちを少なからず持っていただろうが、それをおくびにも出さずに、motorsport.comの独占インタビューに応じてくれた。 アコスタは2023年にMoto2王者となり、2024年はKTM陣営のテック3・GASGASから最高峰クラスにデビューする。年間表彰式のたった数日前にはバレンシアでMotoGPクラスのテストに挑んだが、その時はトップから1.2秒差、チームメイトのアウグスト・フェルナンデスからは0.4秒差という結果を残した。 まず、アコスタにMotoGPライダーになったと実感しているかと聞くと、彼は「いや、今のところはそうじゃない。だってたった1日だったからね」と答えた。 「テストの1日がどうだったかとか、周りの人とどうだったか、チームがどうだったかという点では凄くハッピーだったけどね。KTMは僕が快適に過ごせるようにと、周りの小さなことから大きなことまでなんでも変えてくれていた」 「KTMはポル・エスパルガロがいた初期から経験があって、KTMのマシンを知り尽くしているポール・トレバサンを僕につけてくれた。彼と一緒にやれてとても嬉しいよ。KTMでのやりかたを良く知っているんだ。良い1日だった」 2021年にMoto3クラスを制した時からKTMグループの”寵児”として注目されてきたアコスタ。テストでは「マシンに乗って出ていくたびに、周りには20~30人も人がいてクレイジーだった!」とアコスタは語っている。 ただそんなアコスタは実は、“伝統的”なスタイルを持つライダーなのだという。テック3を率いるエルベ・ポンシャラルはこの弱冠19歳の新人がどれだけ地に足を付けた人間なのかを語っている。 「彼はとても聡明な男だ。感謝している」とポンシャラルは語る。 「『MotoGPに行くんだ。ピットに入らせろ、バイクのポジションを確認させてほしい、そして必要なモノについてコメントする』なんて言うことはなく、むしろその反対だった」 「彼は『来年あなたのところでMotoGPに行けてとても嬉しい。でも今はあまり話しすぎないほうが良い。僕は自分のエネルギーを拡散させたくないし、ひとつの目標にだけ注ぎ続けたいと思っている。つまりMoto2タイトルを勝ち取ることだ』と言ったんだ。私、そしてチームマネージャーにね。我々は共有しておく必要のある最低限のことを話した。アコスタは『チャンピオンシップを勝ったら、あなた達と全力でやるよ!』」と残していたよ これはアコスタが地に足をつけた人物だということが分かるエピソードのひとつだが、アコスタにとっては、こうした対応が常に必要だったとも言える。アコスタは頭角を現して以来、”次世代のマルク・マルケス”とも呼ばれ非常に注目の集まる存在となっていたが、それでも彼は普通の少年でありたいと考えていたのだ。 「16歳だった少年が(2021年の)カタールで8000人の(インスタグラムの)フォロワーだったのが、18万人のフォロワーを連れて帰るのを想像してみて欲しい」 アコスタはそう語る。 「(常に着信があり)電話が壊れていたのを覚えている。二度と電源を入れなかったよ。『自分にはこれは向いてないよ』と言ったね。普通の少年でありたいんだ。たたひとつ他の人達と違うのは、僕が世界選手権でバイクに乗っていて、それが僕の仕事だっていうことだ。それだけだよ。でも、僕はまだ普通の少年でいたいんだ」 「レース後には電話番号を変更した。人生で一度も会ったことのない人からも通話が飛んで来るんだ。そんなのは人生で望んでいることじゃない。数日でインスタグラムもスマホから削除したよ。プレッシャーがありすぎた」 「メディアでは『ペドロ・アコスタはどうだこうだ』とニュースにされていて、それを目にしたら読んでしまう。それを本当は読みたいと思っていなくともだ。僕の世界じゃないようだった。僕はただサーキットに行って、全力で楽しみたいだけなんだ」 現在アコスタのアカウントは40万人以上のフォロワーを獲得しており、ファンとの交流やレース活動の宣伝に使用されている。アコスタは前述のようにプレッシャーもあったと語っているが、今では”ショーマン”として自覚的に行動しており、ファンサービスなどを含めて期待される振る舞いを敏感に察知しつつある。 自らがレーサーであると同時に、ショーマンだと考えているのか? アコスタにそう尋ねると、彼は「努力している」と答えた。 「でも、それ以上に自然なことで、楽しむのが好きなんだ。確かに世界選手権に来たときは相当内気だったけどね。でも仲間が外向的になるのを助けてくれた。笑わずに、ジョークも言わずに、つまり何もバカなことをせずにいた日は寝る時にエネルギーが有り余っているようなんだ!」 「自分の中のモノに火をつける事が必要だったんだ。僕がちょっと前までファンだったことを考えてみてほしい。皆が何を見たがっているのか知っているんだ。そして、僕は皆が笑顔になっているのが好きだし、ジョークも好きで、19歳の男としては普通のことが好きだから、あまり難しいことじゃなかった。繰り返しになるけど、僕は普通でありたいんだ。“バブル”に留まっていたいわけじゃない」 「大学に通う今どきの普通の男になりたい。たとえばパーティに行く時には、決してこの事(レース)については話さない。普通の人と僕との違いと言えば、それは僕があるディスコに行くつもりなら、相手が僕のことを知っているということだ。そんな感じだ。でもまあ楽しもう」 もっとも、アコスタは普通の男になりたいと言いつつも、MotoGPというレースシリーズの人気を高めるために、自分には果たすべき役割があるということも十分に理解している。 「色んな人に(MotoGPを)見せるためには、こうしたモノ(SNS)なんかが必要だと思う。街中で適当にバレンティーノ・ロッシが誰かと尋ねれば、知っているだろう。もし相手がレースを見ない生活をしていても、知っているだろう。それは(ロッシが)リオネル・メッシやマイケル・ジョーダン、ルイス・ハミルトンと同じ存在で、一般的な文化の一部だからだ。彼らはスポーツ選手であるけれど、その枠を超えているんだ」 「僕らにはそれが必要だ。今、街中でマルク・マルケスを知ってるかと尋ねて、知っている人がいても、それはバレンティーノ・ロッシより知られているかどうかは難しいだろう。僕的に良い出会いだったスコット・レディングも、(街中では)知られていないだろう。アルバロ・バウティスタも、ダニーロ・ペトルッチも、アンドレア・ドヴィツィオーゾもそうだ。僕らはもっとMotoGPを見せていくことが必要だ。メディアであれなんであれ、MotoGP此処に有り、MotoGPは素晴らしいショーなんだということを見せる必要があるんだ。それが今の僕らが必要としていることのひとつだ」 その中で、アコスタが2024年にどんな活躍を見せるかがMotoGPへの関心に影響を与える要素であることは間違いない。アコスタ本人は開幕戦で良いレースになるかどうかが、残るシーズンを決定づけるものではないとも語っている。 「プレッシャーについては僕が16歳だった時のことを考えてほしい。ずっとカメラに追いかけられていたんだ。そし『君は次世代のマルク・マルケスだ。君は歴史を作っていて、記録を破っている。僕らはこのようなモノを見たことがない。MotoGPへとダイレクトに昇格するだろう』とね」 「プレッシャーだったよ。今ではゲームのようだ。皆が自分の考えを話すことができるけど、僕はそうやって何を話されているかを気にしていない。もしいつか(KTM代表の)ピット・ベイラーや偉い人達とかが来て『君はアホか』と言われれば、皆が言っていることについて考え始めるかもしれない。彼らはアキ・アヨやエルベと同様、僕のボスだからね」 「でも彼らも僕を子供の頃から知っている。外部からは勝ったときには最高で、負けたときには敗者だとなんでも言うことができる。なにかいいことを言えばヒーローで、ミスをすれば地獄だ。簡単なことじゃないけど、それを受け入れなくちゃいけない。これが現実なんだ」 こうしてアコスタとの会話を重ねていると、ここ数年間でチーム代表らが語ってきたことが、何故アコスタに可能なのかが分かってくる。アコスタは19歳とは思えないほどに成熟しており、信じられないほど知的だ。コース上で求められていることを理解し、そして仕事の半分はコース外で起きていて、コース外での働き無しにはコース上でのパフォーマンスが発揮できないことを知っているのだ。 MotoGPではここ数年、最高峰クラスにステップアップしてくる強力なルーキーが何人もいた。しかし、アコスタのような資質を全て備えている者はいなかった。 KTMがアコスタを獲得したのは、彼らの育成プログラムの賜物だ。そしてMotoGPはこのライディング能力とマーケティングセンスを身につけているこの若いスペイン人ライダーから、シリーズを盛り上げるための最大限の恩恵を受けることになりそうだ。
Lewis Duncan