偽者(8月4日)
武田信玄の死を隠そうと、重臣らが一人の盗人を連れて来た。主君に成り済ます。うり二つの男は振る舞いも次第に板に付く。それでも、側室はだませず、あっさり見破られた。黒沢明監督の映画「影武者」で描く▼本人と影武者を仲代達矢さんが一人で演じたが、いわばはこれも身代わり。撮影当初は勝新太郎さんの役だったが、監督と衝突して降板した。急な助っ人となった仲代さんは、哀れな影武者像を見事に演じ上げた。一方で「勝さんの主演で見たかった」との声は今もやまない。「世界のクロサワ」の心中は…▼昨今は交流サイト(SNS)に著名な実業家や経済評論家の成り済ましが次々と現れる。親しみのある笑顔で、うその投資話を信じ込ませる。県警が今年上半期に認知した被害額は、早くも昨年1年間の約3倍に達している。虎の子をだまし取られた人の怒りや後悔を思うと言葉もない▼信玄の影武者だと見破られたのは、あるべき古傷がなかったためだった。かの福沢諭吉は「学問のすゝめ」に記す。〈信の世界に偽詐多く、疑ひの世界に真理多し〉。おいしい話はうのみにせず、まずは疑ってみる。信を装っても、古傷のように偽は浮かび上がる。<2024・8・4>