「ウクライナとの停戦は望むが領土は返さない!」…ゆがむロシア世論、巨額の国防費で“麻痺”した経済感覚
成長が続く経済
ロシア国内のこのような世論の背景には、大多数の国民が、実際には戦争による目立った影響を受けていない実態があるとみられる。最大の要因は経済だ。 欧米諸国の制裁にも関わらず、中国やインド、トルコなどの国々がロシアの主要輸出産品の資源の代替輸出先となったことや、膨大な戦費の支出、旧ソ連地域などの迂回ルートを通じた制裁対象品の輸入ルートの存在などが経済を支えている。国内総生産(GDP)成長率は戦争が始まった2022年がマイナス1.2%だったが、23年は3.6%、今年も3.2%程度の成長が見込まれている。 ロイター通信によれば、国民の実質賃金は昨年7.8%増加し、国内のサービス産業の成長も顕著だ。モスクワ市内では、週末になればレストランに人があふれているのが実態だ。
ソ連末期水準の国防支出
ただ、そのような都市部の華やかな光景は、いびつさを増すロシアの財政構造が支えている。 プーチン大統領は軍事支出を増やさない意向を示しているものの、ロイターによれば、実際は25年も軍事支出が約25%増額され、13兆2000億ルーブル(約20兆円)規模に達するという。これは、歳出総額の約3割にあたる額で、ソ連末期の水準に匹敵する規模だ。このような国家支出の増大は、教育や医療などの歳出を圧迫しており、実際に社会保障費は3年連続で圧縮されているという。 軍事支出の増大は、武器の生産増や兵士の雇用増、待遇改善などに充てられているもようだ。事実プーチン氏は9月、同国内の兵士の定員数をウクライナ侵攻前の100万人規模から、150万人規模に引き上げる方針を表明した。 ロシアでは、モスクワなど大都市から離れた地方ほど徴兵率が高い実態が明らかになっているが、そのような地域であるほど、戦争に伴い手厚さを増した兵士の待遇は魅力的だ。ロシアはそのような無理な支出を通じ、軍事力の増強を図っている。
弊害大きく
ただ、このような経済構造は一時的には効果を発揮するが、長期化するにつれ弊害が増大する。生産される武器は基本的に使用すればなくなり、再投資につながるような収益は当然、期待できない。 このような産業は将来的な海外への輸出などにつながらない限り、その投資は一時的な経済のカンフル剤にしかならない。仮に戦争が終わり、その投資が減少すれば、経済の急減速を招く。 戦争開始当初、ロシア軍の国防費はウクライナ軍の10倍近い差があると指摘されていたが、欧米諸国の支援を受けるウクライナ軍に開戦から約1000日がたった今も、壊滅的な打撃を与えられないままでいる。ロシア製の兵器に対する国際的な評価という面では、このような事態は決して好ましいとはいえず、ロシア国内における兵器生産能力の拡大が、将来のロシアにとり輸出などの面で大きな利益をもたらすかは不透明だ。 レバダ・センターの調査では、「どのような害悪がもたらされたか」との質問で、「経済の悪化、物価の上昇、特別軍事作戦への支出増」を挙げた人も18%いた。GDPが上昇している一方で、経済悪化を感じる人々が一定程度いることも浮かび上がっている。 ロシア人の領土に対する執着は強く、経済的損失以上に領土欲を重視する事実は広く指摘されている。ただ、そのような国民性は一方で、自国経済や、他国との関係の悪化を深めるロシアを生む要因となっている。 いつかは切れるカンフル剤と、ロシア経済の構造的な弱体化。戦争はロシアに、深いゆがみを引き起こしている。
佐藤俊介