富士フイルム、カメラ事業でキヤノン・ニコン超え利益率26%のからくり
2025年3月期に4期連続の最高益を見込む富士フイルムホールディングス。その決算の中に、驚くべき数字がある。カメラ事業の収益力の高さだ。 【関連画像】売上高1500億円を目標より1年前倒しで達成したチェキ。アイドルや人気配信者とファンとの交流イベントでも広く用いられている。(写真=的野 弘路) カメラが中心のイメージング事業の24年4~9月期の営業利益は、前年同期比34%増の662億円。営業利益率は25.7%に達する。 カメラ事業の営業利益率は、キヤノンの24年1~9月期が15%、ニコンの24年4~9月期が19%だった。高級機種の多い両社と比較しても、富士フイルムの収益力の高さが際立つ。 同社も1台100万円ほどする高級機種を展開しているが、キヤノンとニコンの方が高級機種のシェアは高い。最大の違いは、インスタントカメラ「チェキ」があることだ。ローテクで安価な商品というイメージがあるかもしれないが、実際は様々な仕掛けの詰まった収益力の高い商品である。同年のチェキの売上高は1500億円を超え、目標を1年前倒しで達成した。 ●オワコンからの稼げる商品に チェキの歴史を振り返ると1990年代後半から2000年代初頭にかけて女子高校生を中心にヒットした後、デジタルカメラやスマートフォンの伸長とともに停滞。一度オワコンと化した商品だった。なぜチェキはこれほど稼げる商品に生まれ変わったのか。 1つはほぼ同社の独占といえる市場で、グローバルにマーケティング展開を広げている点だ。 インスタントカメラ市場において同社は8~9割と独占的なシェアを有している。米ポラロイドや米コダックなどが競合となるが、発色の良さや写真の厚みなど、技術面で他社と一線を画している。
米人気歌手、テイラー・スウィフト氏をプロモーションに
そして、競争力のある品質を有した商品を大規模な市場で売り出すための販促戦略も功を奏した。海外展開の中でも市場の大きい欧米での売り上げが約6割を占める。知名度拡大のきっかけとなったのは、18年に米人気歌手、テイラー・スウィフト氏をプロモーションに起用したことだ。 彼女は元々チェキの愛好家で、自身のSNSにもたびたびチェキが登場していた。コンシューマーイメージンググループ統括マネージャーの高井隆一郎氏は「この人ならチェキの良さを自分の言葉で語ってくれるかもしれないと思った」と当時を振り返る。 世界中のコンサート会場にチェキ関連のブースを設置したほか、彼女自身も製品の魅力を発信した。販促努力が実を結び、年間の販売台数は今では1000万台を超えるようになった。00年中盤に訪れた需要停滞期と比較すると100倍以上だ。 もう1つは継続的な値上げだ。独占的なシェアと高い品質によって、強気な値上げも消費者に受け入れられやすくなっている。特に値上げ幅が大きい商品が写真フィルムだ。22年には従来比20~60%、23年はさらに約13~88%値上げした。 富士フイルムによると、現在の価格は一般的なミニの10枚入りで814円となっている。品薄のため生産増強を進めているが、減価償却が終わりつつある生産設備も多いと見られ、フィルム1枚当たりの利益率は高そうだ。 結婚式など特別なイベント時に主に用いられていた以前とは異なり、今のユーザーは何気ない風景や友人とのひと時など、主に日常使いを目的に使用する。そのため1人当たりのフィルム使用数も増える傾向にあり、安定的に多額のキャッシュを獲得できるエコシステム(経済圏)が構築されているのだ。 ●チェキビジネス、BtoBにも支持拡大 チェキの可能性はBtoC(消費者向け)だけにとどまらない。現在、BtoB(企業向け)の分野でも支持を広げている。アイドルやスポーツ選手など「推し」と一緒に撮影するイベントを通じて、スポーツや音楽業界などとのコラボを拡大している。 使用するのは初の企業向けサービスとなるアプリ「INSTAX Biz(インスタックス ビズ)」だ。利用者側が任意の画像ファイルを合成したテンプレートを作ってスマートフォンで撮影すると、無線でつながる専用プリンターで印刷できる。スポーツ選手やアイドルなどと、ツーショットのような写真を作れることが特徴の1つとなっている。 11月中旬には、東京ドーム(東京・文京)で開催された人気K-POPグループ「Stray Kids」のコンサートにもブースが設置された。3公演で16万5千人を動員した熱狂のライブの数時間前、撮影会場には長蛇の列が見られた。無料で参加が可能で、ファンたちはメンバーのグッズや持参したうちわなどを手に取りながら、思い思いのポーズをとって楽しんでいた。1公演あたり約1600枚がプリントされ、参加者に手渡された。韓国から訪れたというソフィアさん(30代女性)は「思い出を物として残すことは特別感があってうれしい。韓国では見られないイベントだった」と声を弾ませた。 チェキを利用する企業にとっては、広告の観点から効果が大きいと評判だ。チェキでは企業に関連するホームページやアンケートなどに誘導できるQRコードをプリントすることができる。一般的なビラと異なり、自分が写っている写真は特別な思い出として愛着が湧くため破棄される可能性が低いことから、高いアクセス率を実現できているという。 技術革新が目まぐるしく起こる高機能ミラーレスなどとは異なり、チェキに関する根本的な技術は販売当初からほとんど変わっていない。まさにマーケティングの力で残存者利益を得る成功例となった。一橋大学の楠木建特任教授は「長い時間をかけて独自のポジショニングを築いたことで、収益性の高い事業に仕上がった」と評価している。戦略の工夫次第で縮小市場でも生き残れる術を、同社の戦い方は示している。