植物のストレス耐性遺伝子が、食糧危機の救世主に
◇さまざまなストレスの耐性に関わる共通の因子を明らかに 植物に環境ストレスを与えると、成長が遅くなることがあります。これは、あえて成長しないことで、成長に必要なネルギーをストレスへの適応に振り分けていると考えられます。このとき成長を一時的に止める役割を担っているのが、ANAC044とANAC085という遺伝子だということを明らかにしています。しかも、この2つの遺伝子は、高温でも低温でも塩害でも、ストレスがかかれば成長を止める働きをする。逆に言うと、この遺伝子がなければ、どのようなストレスがかかっても成長を続けてしまうというわけです。 ほとんどの陸上植物にANAC044、ANAC085は存在しています。一方で、水中にいるような植物は、これらを有していません。水の中は、水分はもちろん栄養分も多く、地上に比べれば温度も安定していて、紫外線の影響も受けにくい。植物にとっては比較的過ごしやすい環境なのです。植物はもともと水中で生まれましたが、陸上化したことによってさまざまなストレスを受けることになり、この遺伝子を獲得したと考えています。 特定のストレスには強いものの、ほかのストレスには弱いとなると、栽培できる環境条件が限られてしまいます。また、ストレス耐性に関わる遺伝子は、植物にとってみれば、ストレスがかかったときにだけ働くことが理想です。常に頑張り続けている状態にすると、通常時の生育が悪くなってしまいます。 私は特定のストレスではなく、複合的なストレスにも強い作物を開発したいと考えています。さまざまなストレスを同時に処理したとき、共通して働いているストレス耐性に関わる因子を明らかにすれば、可能性はあります。現在、応用への期待を込めて研究を進めているところです。
◇農作物への応用だけでなく、緑化を進めることでCO2削減も 植物のなかには長い間、生き続けているものもいます。屋久島の縄文杉など、推定樹齢が数千年だと言われています。ヒトなどの動物と違い、なぜそこまで長生きできるのか。それは、ヒトと植物では幹細胞の維持機構が違うからです。 幹細胞は、その名の通り、細胞の幹となる未分化の細胞です。分裂して新しい幹細胞をつくったり、特定の機能をもつさまざまな細胞に分化したりする能力をもっています。ヒトであれば、すべてのもととなる幹細胞が、血液や内臓、皮膚など、それぞれの幹細胞へと分化します。しかし、それらは一度分化すると、もとの幹細胞には戻らず、やがて分裂しなくなっていくことでヒトは老い、寿命を迎えます。 一方、植物も、幹細胞から根や茎、葉などをつくっていきますが、それらの幹細胞を永続的に生みだすことができるうえ、ヒトとは違い、分化してしまった細胞を元の未分化な細胞に戻すこともできるのです。これによって、植物は長く生きられるだけでなく、高度な再生能力も獲得しました。 例えば、細胞を1個取ってきて適切な条件で培養すれば、元あった個体を再生させることも可能です。雑草を抜いてもまた同じところから生えてきたり、木を切っても切り株から脇芽が出てきたり、切り花の脇芽を土に刺しておけば伸びてきたりするのも、植物ならではの力だといえます。もとから全て取り除いてしまうと不可能ですが、多少でも残っていれば簡単に幹細胞が再生するので、元通りに戻ります。 植物は幹細胞が分化する過程で生命を脅かす危機的なストレスを受けると、自ら幹細胞を殺し、その中心にある特別な細胞、根であれば静止中心細胞と呼ばれる細胞が機能します。静止中心細胞はとてもストレスに強く、普段はほとんど分裂をしませんが、幹細胞が死ぬと急に分裂し始め、新しい幹細胞をどんどん供給し始めます。一連のプロセスが発動するのに、植物の持つホルモンが作用していることを私たちは研究で明らかにしています。 この再生のメカニズムは、農業への応用にも期待がもてます。例えば別々の個体をつなぎ合わせることで成長がいいものをつくる接ぎ木も、もっと多くの種類で効率よくできるようになるでしょう。逆に再生を阻害できれば、除草剤的な活用もできそうです。さらにはそのストレス耐性と再生能力が、地球温暖化に打ち勝つ植物の開発につながるかもしれません。 世界の人口は、2050年には100億人近くまで増え、今より60%も多くの食糧が必要だという試算もあります。従来の農業を続けていたら、達成はほぼ不可能です。また、世界の平均気温は、今世紀末までに3.3~5.7℃も上昇すると予測されています。砂漠や沿岸部などでも育つことのできる植物を開発できれば、緑化が進み、CO2の削減にもつながるはずです。ストレスに強い植物を開発することで、食糧不足の解決だけでなく、地球温暖化の改善にも貢献できればと思います。
高橋 直紀(明治大学 農学部 准教授)