「だって彼は殺されたんでしょ?」変わり者の妹が口にした不穏な言葉…家族小説でもあるミステリ(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「遺言」です *** 今でこそ遺言は小市民のあいだでも一般化してきたが、昔は遺言は一部の金持に限られていた。 その頃、遺言が登場するのはミステリに多かった。富豪が死んで遺産をめぐって殺人が起こる。 アガサ・クリスティーの『葬儀を終えて』(一九五三年。新訳版は加賀山卓朗訳)は典型的な遺言をめぐるミステリ。 富豪が急死する。妻とは死別しているし、息子も亡くなっている。 遺言を託された弁護士が親族一同を集めて遺言を公けにする。ミステリではおなじみの遺言公開の場。 「ねえ、わたしに何か遺してくれたの?」。死んだ富豪の妹が口にする。誰もが思っていたこと。義妹、甥や姪を入れて六人。 時は第二次大戦のあと。イギリスは長い戦争で疲弊している。誰もが金が欲しい。幸い遺産は六等分される。誰もがほっとする。 その時、変り者の妹が思いがけないことを口にする。 「だって彼は殺されたんでしょ?」 自然死と思われた富豪だが、実は殺されたのではと疑う。当然、全員驚く。 しかもその後、不穏な発言をした妹が何者かに殺されてしまう。 ここでポアロ登場。 疑おうと思えば誰でも犯人たりうる。ミステリ小説でありながら家族小説にもなっている。 犯人は意外な人物とわかるが、遺言公開の場がひとつの手がかりに。もうひとつはフェルメールの絵というのが効いている。 [レビュアー]川本三郎(評論家) 1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。最新作は『物語の向こうに時代が見える』。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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