『ラストマイル』の“最も挑戦的な部分”とは？

　ネットショッピングで即日無料配送などのサービスが可能になったのは、利用者にとって画期的であるのは確かなことだ。だからこそビジネスは大きな成功を収め、多くの利用者に支持されている。しかしそれは、本当に「持続可能」なシステムなのだろうか。数年前、配送業者やネットショップの巨大倉庫に、ジャーナリストが従業員として潜入し、現在の物流業界の内情を暴くルポを発表したことが話題となった。本作が一石を投じるのは、まさにこのような状況そのものについてなのである。 　これまでも社会問題に疑問を投げかけてきた脚本家・野木亜紀子は、ここで爆破事件という凶悪な犯行を、安易にテロ脅威論へと接続することはせず、むしろ社会や企業が発生させた歪みによる結果だということを明らかにしていく。それだけでなく、「カスタマーセントリック（顧客中心主義）」という言葉を強調することで、その歪みを生んだ責任が、システムを提供する企業だけでなく、われわれ消費者にも連帯的にあることを突きつけている。だからこそ本作は、日常的にネットショッピングを利用する人ほど、バツの悪い思いをするのではないか。そしてそれこそが、本作の最も挑戦的な部分だと考えられる。 　この問題は、熱帯地域で栽培されるカカオ豆やコーヒー豆を、ヨーロッパやアメリカなどを中心に、他の地域の企業がビジネスに利用してきた状況を想起させるところがある。まともな対価が支払われず、自分たちの作物が原料となるチョコレートやコーヒーを、生産者が口にすることがないという話も珍しくない。企業が途上国の生産者を搾取する構造は、これまで国際的に問題視され、是正する動きである「フェアトレード」が呼びかけられている。また日本企業も、コストカットのために海外に工場を置くことが珍しくなかった。チョコレートやコーヒー、ファストファッションなどを便利に購入している、われわれ消費者も、そういった業界の構造の一端を担ってしまっていることは否定できない。 　それと近い動きが起こっているのが、現在の日本の物流業界だといえるのではないか。戦争における侵略、統治ではなく、「新自由主義経済」を背景に、多国籍企業がその国の業界を乗っ取って、利益を吸い取ってしまうという事態に、搾取される立場で日本がかかわってしまっているのが、今回の問題だと考えることができるのだ。本作における火野正平、宇野祥平らが演じる、これまで日本の物流を支えてきた配達員は、まさにその末端として割りを食っている存在として描かれている。新たなシステムによる厳しい現状は、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督による『家族を想うとき』（2019年）の題材ともなっている。 　ただ、そういう問題を認識したとして、現状を変える具体的なアクションをする人が稀であることも確かだ。そもそも、どうすれば業界の現状を変えられるのかも思いつきづらい。だが、本作の主人公である舟渡エレナという登場人物は、そこで自分の立場から、やれることを見出し、組織の内部から改善の道を探ろうとする。本作における事件の解決とは、犯人を特定し断罪することだけで済むことはなく、構造にメスを入れることでしか成立しないのである。たとえそれが、わずかな改善に過ぎないのだとしても。 　その意味において、塚原監督や野木亜紀子らもまた、このかたちで本作を届けることで、自分の立場からこの問題に対して、やれることをやっているといえるのではないか。であれば、物流業界の外で仕事をしている人も、顧客として構造にかかわっているわれわれもまた、わずかながらでも何かをやれるのではないのか。この問題にかかわらず、社会に歪みが発生したとき、割りを食う人々が生まれたときに、大勢がその改善に取り組もうとすれば、確実に事態は動くはずなのである。本作『ラストマイル』が、観客に向けて表現しようとしたのは、まさにその可能性だといえるのだ。