「五輪エンブレム問題」はなぜここまでこじれたのか? 法的論点を整理する
2020年東京五輪の公式エンブレムが、ベルギーの劇場のロゴに似ていると指摘された問題が、いまだ収束する気配をみせません。エンブレムのデザインを担当したアートディレクターの佐野研二郎氏は今月5日に会見を行い、構図の考え方や、書体の違いなどを指摘し、盗作との疑惑に対して「全くの事実無根」と否定しました。しかし、ベルギーの劇場ロゴをデザインしたオリビエ・ドビ氏は、佐野氏の会見について「デザインの背景となっている哲学の違いを述べただけだ。結果としてロゴは似ている」と述べ、今月14日には、国際オリンピック委員会(IOC)を相手に、エンブレムの使用差し止めを求めてベルギー・リエージュの裁判所に訴えを起こしました。どうして、ここまで問題がこじれているのでしょうか。 【動画】五輪エンブレム問題 佐野研二郎氏が会見「盗用は事実無根」
ベルギーのロゴは「商標登録」されておらず
今回の問題をめぐっては、商標登録と著作権の2つの問題点が考えられます。 ただ、ベルギーの劇場ロゴはそもそも商標登録がされていなかったため、商標権については問題になりません。仮に商標登録されていたとしても、五輪エンブレムは文字とセットで使われており、また両者の図柄は右上の赤丸の有無などの違いがあるため、2つが誤認混同される恐れはなく、結論は変わらないでしょう。
ドビ氏による「著作権」侵害の証明は困難
そこで、もう1つの論点である著作権の問題に絞って考えていきましょう。著作権侵害が認められるためには、既に存在する他人の著作物を利用して作品を作出したこと(依拠性)と、比較対象となる両者のデザインが類似していると判断されること(類似性)が必要です。裁判では、この2つの要件を著作権者、すなわち今回の場合はベルギーのデザイナーが証明しなければならないということがポイントです。「オリビエ・ドビ氏が、佐野氏が劇場ロゴに依拠したという事実を証明することは、難しいでしょう」と著作権に詳しい桑野雄一郎弁護士は言います。 ベルギーの劇場ロゴは、アルファベットという文字を基調としたものですが、単に文字の組み合わせではなく、文字をベースにデザインがされたものであり,著作権そのものが否定されるということはないでしょう。ただ、劇場ロゴのような作品は、どうしてもシンプルなものになりがちで、他のものに似た作品ができやすいという性質があります。似ている部分があるというだけで著作権侵害とされてしまうと、他のデザイナーに対して不当な制約となってしまいます。そこで、著作権侵害となる範囲はある程度絞りこむ必要性があり、類似性の要件はわずかな差異を理由に否定されることも多いといいます。今回の五輪エンブレムと、ベルギーの劇場ロゴは、どの部分の差異に着目すればいいのでしょうか。 「まず、五輪エンブレムは、モノトーンであるベルギーのロゴとは色彩が全く異なります。また、右上にある赤丸は、五輪エンブレムにしか存在しません。さらに、中心の縦線と左上・右下から伸びる線との接触の有無でも、両者には違いがあります。以上の点から、2つの作品には差異があり、類似性は否定されると考えられます」(桑野弁護士)