「五輪エンブレム問題」はなぜここまでこじれたのか? 法的論点を整理する
佐野氏の会見は法的に「満点」だったが
以上のように考えると、五輪エンブレムは著作権侵害にもならないということになるでしょう。会見で、佐野氏は、「劇場ロゴは見ておらず、また、両者は似ていない」と説明をしていますが、前者は依拠性を、後者は類似性を否定する趣旨だと考えられます。これらの発言について、桑野弁護士は、「著作権侵害の要件を的確に押さえたもので、法的責任を否定する説明としては100点満点のもの」としつつも、佐野氏の会見については「同じデザイナーとして、ドビ氏への敬意やその心情への配慮が十分伝わってこなかった」点を残念に感じたといいます。 「満員電車の中でうっかり他人の足を踏んでしまったのに、法的責任はないと居直って謝ろうとしない、そんな印象も受けました。ドビ氏については、もともと著名なデザイナーではないということもあり、『売名行為ではないか』と揶揄(やゆ)する声もあります。しかし、私は、劇場ロゴは洗練された美しい作品と感じましたし、このデザインが劇場という芸術空間の顔として現実に使用されているという事実には、もっと敬意が払われてよいと思います」(桑野弁護士) 確かに、法律論はともかく、両者が構図などの点で「似ている」という印象を受けることは否定できません。桑野弁護士もそのように感じるといいます。ドビ氏が五輪エンブレムを見て、自身がデザインした劇場ロゴと似ていると感じたことも、無理はないでしょう。今回の問題に対する著作権についての法的分析から考えると、確かに、ドビ氏が勝訴する見込みは少ないといえます。しかし、クリエイターが「自分の作品が模倣された」と感じた場合、どのような理由で似た作品ができたのか、その創作過程を知りたいと考えることが自然であり、相手がその説明をしないと「やはり模倣したからできないのではないか」と疑ってしまうものだと、桑野弁護士は指摘します。 「佐野氏が、法律論を離れて、創作過程について試行錯誤の内容も含めて丁寧に説明し、その上でドビ氏に対する敬意と謝意を表明しておけば、ドビ氏の納得と理解も得られたのではないでしょうか。才能ある2人の芸術家が、結果の見えている裁判で本来の活動時間を費消するとしたら、法律家として非常に残念に思うところです」(桑野弁護士) この問題については、複数の専門家がメディアなどで見解を示していますが、ほぼ一致して「著作権侵害とはならない」という結論になっています。2つの作品が、一見して似ているという印象を抱いたとしても、裁判で著作権侵害が認められるハードルは、かなり高いということが現実のようです。しかし、法律的に問題はないとされても、倫理的な問題などを含め、人の納得を得られるかどうかはまた別の問題です。佐野氏の反論は、法律的にはパーフェクトな回答でしたが、桑野弁護士も指摘するように、別の観点からの真摯な説明が、もう少し必要だったといえるでしょう。 (ライター・関田真也)
《取材協力》桑野雄一郎(くわの・ゆういちろう) 弁護士。1991年早稲田大学法学部卒業、1993年弁護士登録、2003年骨董通り法律事務所設立、2009年より島根大学法科大学院教授。著書に「出版・マンガビジネスの著作権」社団法人著作権情報センター(2009年)など