本の内容をYouTubeでチェック...世の中に「ファスト教養」が広がる背景
ファストフードのように手軽に教養を得る姿勢が「ファスト教養」と言われるなか、東京女子大学学長で『教養を深める』著者の森本あんり氏と、ライター・ブロガーで『ファスト教養』著者のレジー氏は、学生も社会人もすぐに答えを求める風潮が広がっていると指摘する。 大学でリベラルアーツを実践してきた神学者と、ビジネスとエンタメの現場に精通するライターが、正解のない時代のファスト教養について対話する。構成:編集部(中西史也) ※本稿は、『Voice』(2024年5月号)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
「10分で答えが欲しい人たち」が増えている?
【レジー】森本さんは、いまの学生の知的好奇心を喚起するために意識していることはありますか。 【森本】私が専門とする神学でよく出てくる警句は、「自分が問うてもいないことに答えを与えられても、誰も面白いと思わない」です。いきなり古典的な問題を説明されても、学生には届きません。 でもそれが長い間自分の中で問い続けていたのと同じ問いだったことがわかると、俄然スイッチが入って、目の色を変えて学ぶことになる。 だから教師は学生が何を知りたいのか、まず彼らが漠然と心の中で言葉にできずにもっている問いを対話のキャッチボールのなかで見極めて、それに形を与えさせることが大切だと思います。 【レジー】本質的な話ですね。拙著『ファスト教養』(集英社新書)のサブタイトルは「10分で答えが欲しい人たち」ですが、学生にもそうした風潮は及んでいると思われますか。 【森本】すぐ答えを求めるという意味では思い当たる節があります。コロナ禍でオンライン講義が中心になったとき、学生から「先生、この部分はこういう解釈で合っていますか?」と聞かれることが増えたんです。講義のなかで「Aという考え方がある一方でBという意見もある」と話して、私としては学生に正解のない問いを探求してほしいのに、「結局、Bで合っていますか?」と早く答えを出そうとするんです。 【レジー】そのうち「わかりました。では、AとBどちらとも言えないということで合っているでしょうか?」と聞かれそうですね(笑)。 【森本】近ごろ、すぐに答えを求める風潮の反動としてなのか、ネガティブ・ケイパビリティ(不確実なものや未解決の事態に耐える力)が重要だと言われますね。答えの出ない宙ぶらりんの状態が大事なのだと。 【レジー】先ほどの授業でのやり取りをお聞きして、会社でも「○○で認識は合っていますか?」と聞かれることが最近増えたなと思いました。仕事の進め方を確認するのはいいのですが、僕が唯一の答えをもっているわけでもないのに、そういう前提で質問されるともやもやした気持ちになります。 ビジネスの世界ではシンプルな答えが求められがちなので、教養という曖昧さもありつつ大事な概念との食い合わせが悪いなと日々思っています。 「スティーブ・ジョブズはアートに造詣があった」となれば「イノベーションには教養が大事。美術館に行こう!」になるし、先ほどのネガティブ・ケイパビリティだって「不確実な事態に耐える力こそ確実に大事!」となってしまう(笑)。 今回の対談のような会社の外で得られる感覚をビジネスの場に正しく持ち込むにはどうすればいいか、というのは自分の問題意識としてあります。 【森本】レジーさんが体現されているように、会社以外の世界をもつのは一つのやり方ですね。外部で培った栄養源がビジネスでも活かされるはずです。でも一つの世界に閉じこもって「10分で答えが欲しい」と言っても、自力が固まっていないからその答えは表面的なものにしかならないのでしょう。