【オリエント工業が事業撤退】「人形」と不倫した48歳夫の告白 亡き婚約者を重ねた「ゆっこ」との出会い
自信を回復、そして下したある決断
それからは何をしても心から笑えなくなった。週に1度は彼女の墓前で長い時間を過ごしていたという。3回忌が終わったとき、彼女の母から「あなたもこれからは自分のことを考えて。そのほうが娘も喜ぶと思う」と言われた。それでも月命日には彼女の墓に通い続けた。 「彼女なしでは生きていけないと思っていたけど、ふと気づいたら5年がたち、30歳になっていました。その間、女性と一夜を過ごしたこともあるし、お店に行ったこともある。どんなに大事な人を失っても、生きている自分は世俗にまみれてしまう。彼女を忘れることはないけれど、自分の人生をもうちょっと主体的に生きることも重要なのかなとようやく思えるようになりました。まずは適当にやっていた仕事に本腰を入れようと決めたんです」 ちょうど部署が異動になり、信頼できる上司に恵まれたこともあって、彼は仕事に全力を注いだ。やれば結果はついてくる、少し自分に自信がもてるようにもなった。 「その年の冬のボーナスがけっこうよかったんです。それで思い切ってある物を買いました」 それが“ドール”だった。以前から、亡くなった恋人に似たドールの広告が雑誌に出ているのを見ており、どうしてもほしかったのだという。 「わざわざ彼女そっくりのドールを作ってもらうのはさすがに気が引けるけど、もともと似ているのだから気になってたまらなかった。数十万するものなので、まずは店に予約して観に行きました。現物に出会って本当にびっくりした。彼女がよみがえったように思えて……。思わず涙ぐんでしまいました」
彼女の愛称をつけた人形
店の人に彼女を失ったことを話した。そういえば誰にもそんな話をきちんとしたことがなかったと彼は気づいた。学生時代の仲間と会っても、みんな気を遣って彼女の話を祥平さんにはしなかったからだ。 「大枚はたいて人形を買いました。彼女の名前をそのままつける気にはならなかったので、愛称だった“ゆっこ”と名付けたんです。人形のゆっこは、ひとり暮らしの部屋に置き、いつも一緒に過ごすようになりました」 オリエント工業を取材したことがある。祥平さんの場合はたまたま人形のほうが彼女に似ていたのだが、先立たれた恋人や妻に似せて人形を作ってほしいという依頼は少なくないのだという。愛した人を亡くす喪失感がどれほど大きいか、想像に難くない。 祥平さんは、ゆっこさんが来てから部屋には誰も入れなかった。以前は、出張のため地元から上京してきた父を泊めたこともあるが、ゆっこさんがいるので泊められない。父のためにホテルをとった。父は女性と一緒に住んでいると勘違いしたらしい。 「それでも35歳のときに見合いしたのは、現実の女性と家庭を築きたいと思ったからです。人形のゆっこは行為に及ぶこともできます。柔らかくて気持ちいいけど反応はない。それが妙に寂しくなって……」 こんな話をして大丈夫ですかと彼がつぶやく。せつなかった。 *** 【後編】では、祥平さんが「ゆっこパート2」を手に入れるに至った経緯と、彼女たちの存在が妻にバレたてん末を紹介している。 亀山早苗(かめやま・さなえ) フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。 デイリー新潮編集部
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