「トラウマは遺伝する」ことを示す研究が続々、ただし影響を元に戻せる可能性も
逆境に対処する能力
エピジェネティックな変化は、ネガティブな影響だけでなく、子孫が逆境に対処するのを助ける遺伝子を活性化して将来の世代を助けている可能性もある。 「私はそう考えています」と、イェフダ氏は言う。「けれども、それが有利に働くかどうかは場合によります。先祖と同じ逆境の中で生きる子孫にとっては、前の世代の経験で得られた生存スキルを備えていることになりますが、逆境にいない子孫にとっては、過剰な警戒になってしまうかもしれません」 両親や祖先のトラウマの影響が受け継がれるしくみの研究は、まだ始まったばかりだ。ディアス氏は現在、新しい技術を駆使して、どの程度の数の精子にエピジェネティックな変化が生じれば子孫のマウスにトラウマの影響が伝わるのか、その変化はどの程度続くのか、胎児はどのようにしてトラウマの痕跡を持つようになるのかなどを明らかにしようとしている。 その一方で、これまでの証拠に納得していない科学者もいる。たとえば、精子と卵子が結合する際に、遺伝子上の多くのDNAメチル化は除去(リセット)されるという批判がある。 ディアス氏は、一部の遺伝子ではDNAメチル化がそのまま残っていることを示す研究論文があると反論するが、トラウマがエピジェネティックに遺伝するしくみを実証するにはさらなる研究が必要だという点には同意している。 明らかなのは、私たち人類は、祖先から受け継いだものであろうとなかろうと、トラウマの影響を乗り越える術を身につけているということだ。「そうでなければ、人類が種として生き残っているはずがありません」とシフ氏は言う。
文=Andrea Cooper/訳=三枝小夜子