プレゼントより保育園の送迎を。ケア出来ない男性の勘違い…家庭を維持するために必要な男らしさとは?
ジェンダーに関する発信が多くの共感を集めている、弁護士の太田啓子さん。男性学の専門家である田中俊之さんとの対談本、『いばらの道の男の子たちへ ジェンダーレス時代の男の子育児論』(光文社)では、ジェンダーや性教育に関して、保護者からの疑問・悩みに答えています。インタビュー後編では、弁護士として見てきた「ケアができない男性」のこと、家庭を維持するために必要な「ケア」について伺いました。 〈写真〉プレゼントより保育園の送迎を。ケア出来ない男性の勘違い…家庭を維持するために必要な男らしさとは? ■「女性は男性をケアすべき」「男が女に負けるのはダサい」という価値観 ――弁護士として、有害な男らしさ(※)と、DVやモラハラによる離婚との関連をどのように見ていますか? 弁護士として、離婚事件を担当する中で、性差別を実感してきました。離婚事件には社会全体の性差別構造、特に経済格差が詰まっていて、対等な関係を望まない男性たちの言動が見られます。DV・モラハラの加害者には当然女性もいるのですが、一人ひとりの言動はほぼ共通していません。一方、DV・モラハラ夫の言動は事案が違っても似通っているんです。 日常的に罵倒・非難しているので、そこまで憎んでいるなら速やかに離婚に応じるかというと、妻に説教しながら離婚に応じない。一対一の関係だからこそ圧力をかけて、思い通りにしやすいので、弁護士の介入を嫌がり、妻側が「全部弁護士を通してください」と言うけれども、夫は無視して直接連絡したり、妻の親戚にも連絡してしまう。自分は妻に配慮されて当然。妻は自分を立ててケアすべきなのにしてくれないので、自分こそ被害者。妻にケアをしてもらえない自分はかわいそう。……こういった事例を何人も見てきました。年齢も住んでいる場所も職業も違うのに、同じような思考様式を共有している。共通部分は社会が男性に対して刷り込んでいるものなのではないでしょうか。 とはいえ、妻側の収入が多ければ対等になれるかというと、そうでもないんです。社会的な成功の側面で負けているから、家庭内では上にいると思いたい。ゆえにかえって、家庭内で支配的になるケースもあるんです。本来は、夫婦間の収入の違いを「勝ち負け」とは考えなくていいと思うんですけどね。 ※有害な男らしさ:「男だから強くあるべき」「男は泣いてはいけない」など、「男らしさ」と言われるもののうちの負の側面。Toxic Masculinity。 ――パートナーから対抗心を持たれるのは正直なところ困りますが、社会に「女に負ける男はダサい」みたいなメッセージも残っていますよね。 「女に負けるなら男として価値がない」というメッセージを受け取り続けてきたら、そういう思考になってしまうのかもしれないですね。高校教師の人から聞いた話で、進路を決める際の三者面談で、男子生徒と母親と話していたのですが、母親が、男性生徒の姉が難関大学に在籍していることに言及しながら「この子の姉は●●大学に行っているので、この子もそれぐらいのレベルの大学に行かないと示しがつきませんから」と言ったそうです。 それは姉と弟だから言われるのであって、兄と妹だったらそういうふうに言わないと思うんです。勉強や仕事といった社会的な成功の尺度で、「女性よりもできないことが男性として恥ずかしい」という価値観を母親が持っているのは悲しいことです。 社会においても、有能な女性同僚に対する非論理的なやっかみや、女性の管理職に反発するなど、一部の困った男性の報告を聞きますが、そうなるようにプログラムされてきた結果でもあります。「女性だから」という理由で攻撃される方からしたらたまらないですし、大人になった以上、自分で学び落としをしてほしいとも思いますが、同時に、そうプログラムして育ててきた方の責任もあるだろうも思います。 ――家で「女に負けるな」と言われ続けてきたなら、その価値観はきっと強固なものになっていますよね。アップデートする大きなきっかけがないと難しそうです。 どこかで解毒剤をしっかり飲む必要がありますが、解毒中はすごく苦しいと思います。なので、なるべく若いうちに済ませた方がいいでしょう。 自身の価値観が変わっても、人生の様々な局面で母親が介入してくる可能性もあります。息子が対等なパートナーシップを形成し結婚したとしても、たとえば妻の方が年上だったり年収が高かったりすると、母親は良い気分じゃないかもしれません。 「彼女の夢を応援するため」と、妻の転勤のために、夫が転職したり専業主夫になることもあり得ます。そういったときに息子と母親が対立することは想像できるのですが、息子の人生は息子のものなので、母親もアップデートが必要です。それができなければ……まだあまり見えてきていませんが、小さな衝突を繰り返したり、言っても理解されないので母親と距離をとったりしている男性もいると思います。 ■自分がしたいことではなく、相手がしてほしいことを ――本書では「ケアする男らしさ」という言葉で、「男らしさ」を問い直しています。 男性学の第一人者である、伊藤公雄先生やその下の世代の先生方が注目している「ケアリング・マスキュリニティ」という概念で、ケアすることを「男らしさ」と捉えるものです。 DV・モラハラ加害者の当事者団体である「GADHA」を運営する、中川瑛さんが「ケアの欠如は加害」と発信するのを見て、まさにそうだなと思いました。担当した離婚事件や私の個人の経験でも、口では「愛してる」と言い、本人の中では愛情のつもりでも、そこにはケアはなかったりする。ケアがない一方的な好意の押し付けは、支配だと感じることは少なくないです。 本当に必要なのは「相手の言葉を聴き、相手が求めることをやること」です。自分が相手にしてあげたいことはするものの、相手が自分にしてほしいことのニーズを汲んだり、相手が自分に求めてきたことで、自分は気が乗らないことをやってあげることができない人が少なくありません。 たとえば誕生日や記念日でもないのに「最近疲れているだろうから」と高級ブランドのアクセサリーをプレゼントする夫がいます。物自体は素敵ですし、妻も嬉しくないわけじゃないのですが、毎日ヘトヘトになっている中で求めていることは、保育園の送迎を1日でも交代することだったりする。それを夫に伝えても夫はしない。そんな中で嬉しそうにアクセサリーを買ってくるのは、ケアを欠いた愛情表現ではないでしょうか。 ――「プレゼントよりも家事育児を一緒にしてほしい」という話は女性からよく聞きます。 特に子育ては自分が乗り気でなくても、子どもが喜ぶから実行することが日々ありますし、子どものニーズを満たすために、自分の時間と労力を使うことの連続です。子どもが生まれてから「妻が自分を見てくれなくなった」と主張する夫がいますが、子どもをケアしなきゃいけないのですから、妻が母になるのは当然。なぜあなたは父になれないのかという話です。自分はいつもケアを受ける側で、ケアの主体になることを想像していないのでしょう。 夫婦関係だけでも、ケアが一方通行なのはとても対等ではないですし、言い換えれば対等な関係は、ケアの相互性がないと成立しません。まして子どもがいるならば、親である夫もケアの主体になれないのであれば、家庭の維持は難しいでしょう。 もちろん女性が全員ケアが得意というわけではありませんが、女性の方ができる人が多いように感じます。それは女性同士のコミュニティの中で鍛えられたり、互いに思いやることを自然に積み重ねているからでしょう。悪く言えば、相手のニーズを察せないと「女の子なのに気が利かない」という叱られ方をしてきたかもしれません。子育てでは、パートナーと上下関係があることによって気持ちが落ち着いてしまうようなメンタリティに育てないことは大切だと思います。 ■子どもが学校で性被害に遭ったら ――ジェンダーレス時代の男の子育児論をテーマにした本書では、男性教師による男子生徒への性暴力など、男性の性被害の話もされていました。教師から生徒だけでなく、生徒間での性暴力が起きる可能性もありますが、学校での対応に期待はできるのでしょうか。 生徒間の性暴力事件に関わったことがあるのですが、学校は加害者に対して本質的な対応をできておらず、加害者が自ら転校するまで被害者は不安なままという状態でした。 最近は子ども間での盗撮についての報道も何件もありますが、氷山の一角だと思います。被害に遭った子どもへのフォローは当然ですが、加害した子に加害責任を直視させるのは本当に大変なこと。ある盗撮事件において、教育長が「スマートフォンやSNSの怖さを伝え指導してきた」とコメント(※)していたのですが、盗撮が性暴力であることがわかっているのか疑問に思いました。 (※)https://www.city.ikoma.lg.jp/0000020552.html 「スマートフォンやSNSの怖さを伝えること」は、性暴力とは別の話。性加害をしたことについて、その意味を直視させることとは程遠い対応しかされていないのではと不安に思いました。被害者にどんな影響を与えてしまったのか、本当の意味で理解したならば、加害をした子どもも生きるのがつらくなると思うんです。 学校で起きる性暴力について、加害者臨床の知見は必要ですが、既に学校はいっぱいいっぱい。高度で専門的なことを学校の先生が対応するのは難しい。先生は学校で起きる性暴力事件対応のプロではないので、本当は児童相談所などと繋がるべきですが、できていない学校の方が多いのではないでしょうか。学校ごとの対応に任せるのではなく、文部科学省が、性暴力加害をしてしまった児童生徒への対応を、専門的知見を得てよく検討し、現場にも徹底してほしいと思います。 ――自分の子どもが学校で被害に遭ったらどうすればいいでしょうか? 警察への通報は選択肢としてあります。ただ、状況的に警察に通報しづらいと感じることもあるかもしれません。法的な紛争ですから、地元の弁護士への法律相談も検討してほしいです。弁護士会に、子どもの権利に関する法律相談をしたいと伝えれば、そういう相談枠を案内してくれると思います。 【プロフィール】 太田啓子(おおた・けいこ) 弁護士。高校生と中学生男児の母。離婚問題、セクハラ事件などに多く関わる。弁護士業務と育児の経験を基にした、ジェンダーにまつわるSNS投稿が反響を呼ぶ。性差別、性暴力について次世代についてどう教えるか悩みつつ書いた子育てエッセイ『これからの男の子たちへ』(2020年/大月書店)が話題になり、韓国、台湾など4か国で翻訳。 インタビュー・文/雪代すみれ
雪代すみれ