「円安パニック」の欺瞞、むしろプラスな面が大きい 緊縮政策強めたい政府と日銀 日本の国民は貿易で得をしている
【ニュース裏表 田中秀臣】 ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏が海外メディアの取材の中で、「日本の通貨当局がなぜ円安にパニックになるか分からない」と、岸田文雄政権と日銀の円安への姿勢を批判した。政府がゴールデンウイーク中に実施した為替介入や、植田和男総裁の円安を懸念した利上げの可能性について発言したことが念頭にあるのだろう。 【グラフでみる】賃金の賃上げ率の推移 クルーグマン氏は、円安は日本経済にプラスに働くとし、データをみると日本が持続的なインフレを達成できるか自信がない、とも指摘した。これらの認識は私も大いに同意するところだ。 ワイドショーなどで「悪い円安」を指摘するコメンテーターも多い。それを信じている人たちもいるだろう。だが、実際はどうだろうか。 PwCコンサルティングの片岡剛士チーフエコノミストは、最近の円安は交易条件を悪化させていないと指摘している。 交易条件とは、自国にとって貿易を行うことがどのくらい有利か、あるいは不利かを示す指標だ。ウクライナ戦争が生じた2022年度、交易条件は大幅に悪化した。だが、23年の春から大幅に交易条件は改善し、その状況は現在も継続している。つまり「悪い円安」の報道とは違い、日本の国民は貿易で損をせず、むしろ得をしている状況だ。 そもそも2年前に交易条件が悪化した主因は、エネルギーや食料価格が戦争や不作のため高かったからだ。他方で円安は交易条件の悪化にあまり影響していなかった。 クルーグマン氏や片岡氏らも共通して指摘しているが、円安は輸入価格の上昇にはなるが、輸出価格の低下にも結びつき、日本経済全体に悪影響を与えていない。 むしろ円安は日本経済にはパニックではなく、プラスな面が大きい。日本企業の好決算のベースには円安効果があることは自明だ。そして企業の儲けを賃金などに配分していくことが重要であり、それができてこそ経済の安定と両立する持続的なインフレが可能になる。だが、クルーグマン氏が批判するように、政府(財務省)と植田日銀は、円安をことさらに批判している。財務省は「財政再建」をしたいし、また植田日銀はインフレ目標の形骸化と早期の利上げの実現をしたい。いずれも緊縮政策だ。 緊縮政策のスタンスを強めれば、クルーグマン氏が指摘したように、経済の安定化と両立した持続的なインフレは望めなくなる。いまのままでは総需要が回復してインフレが持続する可能性は低い。
クルーグマン氏は植田総裁に当初は好意的だったが、現実のデータと政策をみて評価を変えたのかもしれない。もしまだならば、ぜひ見方を変更すべきだ。現在の財務省と植田日銀こそ日本を長期停滞に陥れた人たちの復活だからだ。 (上武大学教授・田中秀臣)