「ひょっこりひょうたん島」60周年「当初は不評だった」人形劇団ひとみ座が語る名作誕生秘話
NHKで連続人形劇「ひょっこりひょうたん島」の放送が始まったのは、東京オリンピックの開催と同じ1964年(昭和39年)。いまからちょうど60年前になります。 当時27歳のNHKディレクター武井博さんが企画し、無名作家だった井上ひさしさんと児童文学者の山元護久さんがタッグを組んで脚本を担当した人形劇。突然漂流する島、次々登場する風変わりなキャラクター、子どもの視点で社会や権威を風刺する長いセリフ。激しく自由に動きまわる人形も、当時としては画期的なものだったそうです。 そんな伝説の人形劇をキャラクターデザインから担当し、いまもなお大切に演じ続けている人形劇団「ひとみ座」の友松正人さんと蓬田雅代さんに「ひょうたん島」の魅力をお聞きしました。
「ひょっこりひょうたん島」とひとみ座の出合い
友松正人さん(以下、友松): ひとみ座の創立は1948年。発足当初から、人形デザイン考案から制作、舞台背景作りなど、演じるだけでなく演出のすべてを自分たちの手で行うという、こだわりの強い人形劇団でした。 お子さま向けだけでなく、「シェイクスピア」など大人向けの人形劇も上演するという意欲的な取り組みが評判を呼び、やがてテレビからもお声が掛かるように。それで、NHKの「ブーフーウー」の人形制作や、TBSで横山光輝さんの漫画「伊賀の影丸」の人形劇を担当したんです。 <写真>ひとみ座の倉庫に大切にしまわれていた、「ブーフーウー」の人形。
そして、1964年にNHKで放送が始まったのが「ひょっこりひょうたん島」。「チロリン村とくるみの木」の後継番組として、若手ディレクターと無名の脚本家がタッグを組んで企画した、革新的な人形劇でした。そして、そんな若いチームが選んだのが、ひとみ座だったのです。 <写真>いまもひとみ座の演目で使用する人形は、すべて専任の職人による手づくり。最近の人形の頭は張り子でできていて、軽くて丈夫なのだそうです。
見慣れない動きとストーリーが当初は不評だった
友松: それまで人形劇といえば、手を入れて操るタイプの人形が主流だったのですが、「ひょうたん島」では胴串(どぐし)という背骨のような棒を下から支えて、鉄線で手足を動かす、当時としては画期的な人形を採用したんです。 <写真>お話をしてくださった友松正人さん。友松さんが手にした瞬間に、いままで“静物”だったドン・ガバチョが命が宿ったように動き出しました。