キリスト教研究者の視点から見る「推し活」と「宗教」の共通点。推しも神も「善さのない世界を善いものと信じる」ためには必要不可欠、日本人ならではの道徳観も推し活に影響している?【CEDEC2024】
8月21日(水)から23日(金)に掛けて、神奈川県横浜市にてゲームに関する技術や知識を共有する国内最大級のカンファレンス「CEDEC 2024」が開催されました。 『CEDEC 2024』画像・動画ギャラリー 今回は関西学院大学の神学部で指導教員を務める柳澤田実准教授が登壇された講演「消費社会の宗教:ファンダム・カルチャー」の様子をレポート形式でお伝えします。 柳澤氏はかねてよりキリスト教の思想や芸術を中心に「他者への配慮とはなにか」、またそのような配慮を可能にする人工的環境はどのようなものなのかについて研究しており、推し活やファンダム(ファンとキングダムをかけあわせた言葉で、特定のコンテンツに対して熱心なファン集団を指す)に関する事例を通して、それらの活動と宗教との関連性を見出したと言います。 「推し」あるいは「推し活」。弊誌でも何度となく扱ってきたこの言葉については、多くの読者の方にとってもはや自明のものかもしれませんが、いちおう改めてその言葉の意味を確認しておきましょう。 日本の独立行政法人である国民センターが発行している月刊誌「国民生活」によれば、推しとは「ほかの人にすすめること。また俗に、人にすすめたいほど気に入っている人や物」のことを指し、推し活はその派生語として扱われています。自分の気に入ったものを“推す”活動、略して推し活というわけですね。 この推し・推し活という言葉は最近ではファン側だけでなく、企業側からも商品のコンセプトとして意識的に取り入れられるケースも見られます。昨年の10月には仏壇メーカーのはせがわが推しを飾る祭壇「推し壇」を発売して話題を呼びました。 祭壇。もはや直球とも言える宗教的アイテムが推し活のために発売されている現代において、推し活と宗教の関連性を宗教研究の知見から考察し、「聖なる価値」と「リアル・メイキング」というふたつのキーワードに沿って紐解いた本講演は非常に刺激的なものとなりましたので、ぜひ最後までお読みください。 文/うきゅう 編集/anymo ■“聖なる価値” なんにでも値札が付く社会で、それでも人間が抱く「神聖視したものを金に交換したくない」という心理 柳澤氏は、推し活やファンダムに対して“聖なる価値”という視点から研究をおこなっているそうです。ここで言う“聖なる価値”を理解するためには、まずこの言葉の前提となる社会への認識を知るのがよいでしょう。 その社会とは「なんでもお金さえあれば基本的に手に入る」、「人間の思いやり、ケアも含め、全てに値段が付く」、「労働者は入れ替わり可能」、「自分の価値、生きている意義を見出しづらい」というものであり、こういった現代社会を柳澤氏は総じて「市場経済が全面化」していると表現しました。 柳澤氏は、すべてのものに値段が付くようになったこの社会のなかで、なぜか人間には「自身が神聖視したものを金に交換したくない」という心理が見られると語ります。その心理を概念化したものが、“聖なる価値”とのこと。 この聖なる価値はもともと政治的な分野を分析する際に提唱されたものだそうですが、柳澤氏はこれを人間特有の心理として広く見られるものとしており、ひとつのたとえ話を披露してくれました。 曰く、「景品として貰ったペン」と「部活動の仲間に卒業記念で貰ったペン」のふたつを並べた時、前者を転売することにはなんの抵抗もない人でも、後者を転売することには抵抗感や心の痛みを覚えるのではないか。これは、前者に比べて後者を神聖視しているからであり、そこに“聖なる価値”を付与しているからなのだそうです。 柳澤氏によると、人間は「大切なペン」に個人として聖なる価値を付与するだけでなく、国家/イデオロギー/人種/領土などに対して集団として聖なる価値を付与することもあり、このことが時に和解し難い政治的な対立や衝突を引き起こすと言います。 ほかにも柳澤氏は、「臓器売買」や「人身売買」といった事例に対する抵抗感や、時に「打算的な愛」すら忌避感を抱かせるところから、生命や家族、愛などの概念もまた人類に広く神聖視されているのではないかと語っていました。 ■「同時多発テロ事件」が聖なる価値の研究を進めた 柳澤氏によると、聖なる価値の研究が進んだのは21世紀に入ってからだそうです。その理由として語られたのが、2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロ事件でした。 20世紀後半の先進国では世俗化が進み、宗教のような呪術的なものは今後なくなっていき、合理的な21世紀が来るという感覚が存在していたと言います。しかし、21世紀の幕があけた直後に発生した同時多発テロを受け、研究者たちは慌てて研究を始めたそうです。 聖なる価値の研究が進むにつれ、聖なる価値を巡る諍いや交渉に対して第三者が金銭的な取引を申し出ることは一層激しい怒り(バックラッシュ)を引き起こすことも分かってきました。 柳澤氏は、人類学者のスコット・アトランが神経科学者との共同研究のなかで実施した、自爆テロなどをおこなうテロリストグループと、テロリストグループと戦う前線の戦士たちの両方の脳をfMRIによってスキャンした事例を紹介しました。 彼らの脳内で様々な物事への判断がどのようにおこなわれているのかを調査するなかで、人間が功利的な判断をおこなう際に活性化する脳の部位と、聖なる価値のために義務論的な判断をおこなう際に活性化する脳の部位が全く異なることを明らかにしました。 こういった研究の結果、どれほど合理的な判断ができる人物であっても、ある領域については直感的で感情的な判断を下すことがわかり、「合理化すれば不合理な判断が無くなる」ということではないことが判明したそうです。 ■社会心理学者のおこなった「道徳基盤調査」から見えてくる日本人の特徴は「“神聖さ”への高い関心」 柳澤氏は続いて、社会心理学者のジョナサン・ハイトが実施したという「道徳基盤調査」を紹介しました。 この調査は、人間の道徳には「ケア(危害)」、「フェアネス(公正)」、「ロイヤリティ(忠誠)」、「オーソリティ(権威)」、「サンクティティ(神聖)」という5つのチャンネルが存在している、という理論に基づき様々なクラスターに所属する人々がそのうちどのチャンネルを重視したのかを調べたものです。 この調査は世界中で実施され、対象者が合理的になればなるほどケア(危害)とフェアネス(公正)の2種が突出し、ほかの3種が低下する傾向がわかったとのこと。一方でアメリカ合衆国のコンサバティブ(保守層)では、5種類のチャンネルが比較的平たく揃うと言います。 ところが、柳澤氏が日本人を対象としてこの調査をおこなったところ、ケア(危害)とフェアネス(公正)が高くなった人たちであってもサンクティティ(神聖)が高くなるという結果が見られたそうです。 この傾向は柳澤氏以外の研究者による先行研究でも見られており、日本人はリベラルな思想や合理的な自覚を持っているクラスタであってもサンクティティ(神聖)が常に高く、柳澤氏はこれを「日本人の非常に興味深い特徴ではないか」と語っていました。 さらに、同氏は日本の文学者・三島由紀夫がインタビューに応えた際の発言「自分のためだけに生きて自分のためだけに死ぬほど人間は強くない」を紹介しました。柳澤氏はこの発言とともに、三島が戦後問いかけた、日本人は共通の価値を失っており、自分が神聖視するものに対して「デボーション(献身)」したいのだという提起を説明しました。 三島が指摘したという「“大義”なき日本社会での生きづらさ」は、本講演の冒頭で柳澤氏が述べた市場経済が全面化した現代社会への問題提起とも通じているのかもしれません。 ■“リアル・メイキング” 人間は努力によって目に見えないものとすら社会的な関係を結び、感情によって「現実を作る」 そして話題は、とうとう「推し活」へと移っていきます。柳澤氏によれば、現代の推し活はこれまでの宗教に代わる新たな“聖なる価値”の追求のように見え、一方で宗教もまた「ファンダム/推し活」化しているそうです。 柳澤氏は推し活と宗教をともに「盛大なごっこ遊び」のようだと表現しました。これだけを切り取るとなんとも物議をかもしそうな言葉にも見えますが、柳澤氏は推し活や宗教を面白がって揶揄しているのではないと何度も念を押しました。 では、ここで言う「ごっこ遊び」とはなんなのでしょうか。そして、人はなぜ精力的にごっこ遊びをおこなうのでしょうか。 柳澤氏は推し活の一環としておこなわれている、推しをリアルに感じるため“祭壇”を作ったり、あるいは推しと一緒に誕生日を祝ってケーキを作ったりといった行為を紹介し、これと似たようなことが宗教の現場でもおこなわれていると指摘しました。 現代の先進国において伝統的な宗教は廃れていっており、活発なのは宗教右派に属する集団だけなのだそうです。柳澤氏の言う宗教右派とは、キリスト教福音派と呼ばれる存在で、彼ら彼女らは“神の声”──すなわち神がパーソナルに自分へと語り掛けてくることを信じているとのこと。 そんな活動のひとつに「Jesus is my best friend」というものがあり、まるでキリスト教における救世主イエスとともにコーヒーを飲んでいるかのようなふりをするそうです。 柳澤氏は認知人類学者のターニャ・ラーマンの著作『HOW GOD BECOMES REAL(邦題 リアル・メイキング:いかにして「神」は現実となるのか)』を紹介し、神や霊など「目に見えないなにか」をリアルに感じるために、人間は様々な努力をおこなうと語りました。信仰とは「真面目な“プリテンド”(ふりをする)な遊び」であり、すなわち「ごっこ遊び」なのだそうです。 柳澤氏によれば、信者が神や霊に対して結ぶ一方的な関係はパラソーシャルと呼ばれる社会的概念であり、「想像に没頭し、目に見えない他者をリアルに感じる状態」を没入と言います。 柳澤氏は、まさにこの「目に見えない他者との非常に情緒的でパーソナルな関係性」こそが重要なのだと語りました。「信念は棄てられるが、関係性を変えるのは難しい」。人間が家族やパートナーとの関係に影響を受けるように、想像上のものとの関係性が人間の気分や性格にいたるまで非常に大きな影響を与えるそうです。 柳澤氏は、宗教同士や宗派同士の対立の解決が難しいのもまた、それぞれが異なるものとの関係性を構築していることに起因しており、考えを変えれば解決する問題ではなくなっているからだと語りました。 こういった「想像上のものと関係性を結ぶ」という構造は、まさに推し活やファンダムのなかでもおこなわれているものであり、柳澤氏は本講演を通じて、消費する側もそれを作る側も、これを念頭に置いた方がよいのではないかと伝えたかったそうです。 ■外的な現実と感情的な現実のはざま。世界と心の中間領域に“神”は生じる 柳澤氏は、神とは「世界は善いものだ」というコミットメント(約束)にほかならないと言います。この世界に完全な善さは存在しないという「外的な現実」と、世界に完全な良さが存在していることを信じる「感情的な現実」のはざま。世界と心の中間領域にこそ、“神”は生じるのだとも語りました。 大人が「善い世界」を信じる能力は、子どもが目の前からいなくなった母親が、やがて自分のもとへ帰ってくることを信じる能力に近いものだそうです。子どもが母親を信じる想いを支えるために手に取るテディベアやブランケットに相当するものが大人にとっての神であり、どちらも感情的には現実であるとのことでした。 推し活もまた、まるで推しが本当に存在するかのように「感情的な現実」を求めるという点で、盛大なごっこ遊びなのだと柳澤氏は語りました。これは決して推し活を見下しているわけではなく、そういった行為は「善さのない世界を善いものと信じる」ためには必要不可欠なものです。 柳澤氏によると、1960年代以降、アメリカでは右派のあいだで福音派が流行した一方で、左派のあいだではカウンセリングが流行ったそうです。これは「人間はよい気分でいなければいけない、たとえ人工的に操作してでもよい気分でいよう」という考えが広がっていたためで、右派や左派を問わず、アメリカ全体が肯定的な感情による現実を作っていこうとした時代でした。 推し活もまた、個人あるいは特定の集団による「幸福なリアリティ」の追求です。柳澤氏はここを、難しいところだと語りました。柳澤氏に言わせれば、感情は不安定なものであり、感情に依存する現実は際限なく感情を追求することにもつながります。結果として、多くの人と共有する「客観的な現実」にたいして無関心になってしまう懸念も生じるのです。 柳澤氏は感情が真実よりも信頼されるようになった事例として「ポスト・トゥルース」という言葉を挙げ、「大した幸福でもない同一の現実を認め、ともに生きることができるのか」という問いかけが現代に課されていると結びました。 以上が、CEDEC2024にて実施された講演「消費社会の宗教:ファンダム・カルチャー」の内容となります。いかがだったでしょうか。推し活や宗教を巡り、その信仰心にまで切り込む考察は、ともすればその渦中に身を置いている人間にとってはまるで冷や水を浴びせられるような、そんな感覚を覚えてしまうかもしれません。 しかし、柳澤氏が講演中にも繰り返し「面白がっているわけではない」、「見下しているわけではない」と表明していたように、こういった客観的な観点からの分析が必ずしも対象を傷つけようという意図でおこなわれているのではないことは、意識しておいていただけると幸いです。 本講演のとくに後半部分の主眼となっていた「リアル・メイキング」については、認知人類学者のターニャ・ラーマンが執筆し柳澤氏自身が翻訳を担当した『リアル・メイキング:いかにして「神」は現実となるのか』のなかでより詳しく語られているそうです。同作は2024年11月に発売される予定となっているので、興味を持った方はこちらもチェックしてみてもよいかもしれません。
電ファミニコゲーマー:うきゅう,anymo
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