【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第15回「明快」その3
支度部屋から引き揚げる足取りもなかなかの軽やかさだった
ヘンテコリンなウイルスのおかげで、なんともうっとうしい日が続いた令和2年。 心のモヤモヤはマックス状態、最高潮であります。 マスクもつけず、ノビノビと暮らしていた日々が恋しい時期でした。 やはり人間は、単純で、分かりやすく生きているのが一番。 分かりやすいと言えば、力士たちが取組後などに発する言葉も分かりやすいですよ。 そのときの心情、思いがストレートにあふれ出ていますから。 令和2年夏場所が吹っ飛び、力士たちも自粛生活に入って2カ月あまりが経ちました。 懐かしさを込めて、そんな明快なエピソードの数々です。 ※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。 【浴衣百景2018】 秋巡業 勝てば体も軽い 人間の感覚なんて、そのときの状況によってまるっきり違ってくる。まして勝ち負けが命の力士は。仕切り前の独特のパフォーマンスで人気のあった高見盛(現東関親方)は、勝てば天井を向いて花道を引き揚げ、負ければいまにも泣き出しそうな顔で下を俯いて下がったものだった。 平成28(2016)年春場所の主役はまぎれもなく大関の琴奨菊(現秀ノ山親方)だった。前の場所、ちょうど10年ぶりに日本出身力士として賜盃を抱いて日本中に琴奨菊フィーバーを巻き起こし、この場所、余勢を駆って日本人としては若乃花以来、18年ぶりの横綱目指して綱取りに挑んでいたのだ。 出だしは快調そのものだった。前場所さながらの鋭い出足で相手を圧倒し、初日から破竹の4連勝。この勢いならひょっとしてひょっと、と思わせた矢先の5日目。相手は東前頭2枚目の隠岐の海(現君ケ濱親方)だった。 いつものように先手を取ったのは琴奨菊。素早く踏み込み、右をのぞかせて一気に土俵際までガブって攻め込んだ。ただ、残念ながら、もうホンのちょっと、というところで隠岐の海が左に回り込み、土俵を飛び出しながら叩くと、勢いづいていた琴奨菊は前にバッタリ。際どい勝負で、軍配は隠岐の海に上がったが、すぐに物言いがついた。 しかし、協議は長引いたものの軍配を覆すまでは至らず、琴奨菊の連勝は4でストップ。惜敗の琴奨菊は、 「(ビデオを見たら)アカンね。仕方ない。(ああなったのは)流れだから」 と気を取り直していたが、殊勲の隠岐の海は大喜び。 「負けたと思った。体もなかったし、(土俵を飛び出す)足も早かったので。(協議が長引いていた間は)取り直しになったらどういこうか、とずっと考えていた。勝ったら、体、軽いっすね」 と言ってニヤリとした。 ちなみに、この場所の隠岐の海の体重は165キロ。決して軽いとは言えないが、この日の支度部屋から引き揚げる足取りもなかなかの軽やかさだった。 月刊『相撲』令和2年6月号掲載
相撲編集部