〝勝ちすぎない〟釣り師の憧れ「盛岡竿」の魅力 漆を塗って螺鈿で装飾
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。 【画像】釣り師の憧れ「盛岡竿」 繊細な芸術品、工程は数年がかり
半世紀続く渓流竿の工房
盛岡市のアパートへの引っ越し作業を終えて、ご近所さんにご挨拶回りに行く。 大慈寺町で半世紀続く渓流竿の製作所「石澤和竿毛鈎(ばり)工房」。 和竿職人の石澤弘さん(78)は、少し頑固そうな方だった。 「竿というのは魚にしてみれば殺生道具ですからね」と石澤さんは私をにらみつけるように言う。 「雑に作ると魚に失礼になる」
漆を重ね塗りした芸術品
竹で作られる盛岡竿は、特有のコシによって魚の素早い動きを吸収し、その感触が直接手に伝わるようにできている。 工程は数年がかりだ。 竹が水を吸い上げなくなる秋、県内の竹林で「篠(しの)竹」と呼ばれる2,3年の竹を採取する。 春まで外気にさらしてから3年以上室内で陰干しをし、火であぶって竹の油を抜く。 破損を防ぐために節に小さな穴を開け、強度を増すためにさらに火鉢であぶり、竹の曲がりを矯正する。 剣先やヤスリで「コミ」(竿の継ぎ口)を作った後、口が割れないよう外側に絹糸を巻いて漆を塗る。 漆が乾いたら再び火であぶり、竿の曲がりを直していく。 螺鈿(らでん)で装飾され、何度も漆を重ね塗りされた盛岡竿は釣り師の憧れであり、同時に繊細な芸術品だ。 東北地方をはじめ、全国から注文が舞い込む。 受ける際には顧客の好みを聞き、制作の途中で実際に竿を振ってもらうなどして、使用者の手になじむよう心がけている。
和竿の感触を一度知ったら…
幼少期、北上川で釣りの楽しさを知った。将来は和竿職人になると決め、20歳で家業を継いだ。 半世紀前は盛岡に数多くいた職人も今では1人になってしまった。 「和竿の感触を一度知ったら、やめられません」と石澤さんは言う。 「市販の竿は道具が勝ちすぎているんです。竹竿の感触で魚をかけ、時間をかけて取り込むまでが釣りの楽しみ。強い道具でボンボン引き抜いたら、本来の意味で釣りを楽しむことなどできないのです」 (2022年4月取材) <三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した>