「夫よりもお兄さまのほうが大事…」 焼き殺された皇后の“悲運”と、皇位継承をめぐる争い 『古事記』に描かれた「古代史の真相」とは?
■兄妹間の情愛に隠された真相とは? まずは、二人の系譜から見ていくのが良さそうだ。この兄と妹、父は共に、開化天皇の子・彦坐王で、母も同じく大和豪族の娘・沙本之大闇見戸売である。夫である垂仁天皇は、開化天皇から崇神天皇を経て皇位を受け継いでいる。 これに対し、この兄と妹は、ともに崇神天皇の弟で、皇位を継げなかった彦坐王の子である。となれば、兄の反乱は、妹を慈しむためというような情にほだされて起こしたようなものではなく、崇神天皇に奪われた皇位を父の系統へと取り戻すことに真の狙いがあったとも考えられるのだ。 『古事記』は、兄妹間の情愛を表舞台に押し出して、情感溢れる文芸作品へと仕上げているが、それがかえって、ことの本質を見え難くしてしまっているのだ。 残念ながらこの兄の画策は失敗に終わってしまったが、父・彦坐王から数えて5代目にあたる神功皇后が応神天皇を生むことによって皇位をつなげた。その意義は計り知れなく大きい。結果として、先祖であるこの兄の無念を、後裔・神功皇后が晴らしてくれたからである。 ただし、神功皇后を含め、それ以前の『古事記』に登場する面々の多くを実在しないと見なす向きも少なくないが、仮に彼らが実在しなかったとしても、記録に残されたそれぞれの事績には、必ずや何らかの史実が少なからず盛り込まれていると信じたい。無下にそれらの事績まで完全に否定しまうようなことは、厳に慎みたいと思うのだ。
藤井勝彦