アーティストやスタッフのメンタルヘルスケアに乗り出す音楽業界 サポート体制構築へ
■音制連会員社へ「B-side」をトライアル導入 鍵になるのはメンタルヘルスに対する知識と理解
――音制連の会員社約230社への提供に向けて、まずはトライアル導入を目指して進めているということですが、進捗状況はいかがですか。 徳留 春あたりのトライアル導入を目指して調整しています。B-side立ち上げの段階から、社内だけではなく広く利用される事業になれば、という理想像がありました。ですから、社外の方にも利用していただきたいとは思いますが、やはり非常に繊細な問題を取り扱っているので、守秘義務の徹底をはじめ、これまでと同様に慎重を期して進めています。私もマネージャーという立場なので分かるのですが、第三者のプロのカウンセラーが自分の担当するアーティストと繊細な話をするにあたり、事務所の方も、やはりカウンセリングの知識がないと、どういうものなのかイメージできず、懐疑的に感じる人もいるかもしれません。導入にあたって利用される会社に担当者を立てていただくことになると思うので、定例会などを開いて知識を深めていくことも大事だと思っています。 ――これまでSMEではメンタルヘルスの知識を深めるためにどんな工夫をされてきたのですか。 徳留 身近なものとして考えてもらうために、専門家やアーティスト、タレントさんを招いて自身の経験を語ってもらうワークショップを行ったり、社内向けメルマガを発信して、利用の方法をお知らせしたりしています。あとは、ポッドキャスト番組『B-side Talk~心の健康ケアしてる?』も立ち上げました。メンタルの話はシリアスになってしまいがちなので、もっとカジュアルに話せて、セルフケアの仕方を紹介できるようなメディアを作りたいというアイデアがスタッフから上がって、22年10月に始まった番組です。昨年10月のワールドメンタルヘルスデーには、弊社の村松(俊亮)社長が番組に出演してくれて嬉しかったです。 野村 皆さんメンタルヘルスケアに関して何らかの対処をすべきとは思っているけれど、その方法に苦慮されていると思うんですよね。そういった中で、ある程度制度化されたものが提供できれば、すごく助かるのではないかなと。音制連の立場で言うと、会員サービスの向上にもつながるので、積極的に利用を提案していきたいと思っています。 アーティストがメンタルに問題をきたすと、すごくシンプルに言えば、プロダクションとしての経済活動が止まってしまうわけですよ。当社でもそういうケースはあって、ライブなどの活動ができない状況が続いたこともありました。未然に防ぐことができれば、アーティストもスタッフも救われますし、経済的なダメージも回避できます。最近、ジストニアに苦しんでいるミュージシャンも多くて。手足の筋肉などに問題がないのに、思うように動かせなくなってしまうのですが、そのことを公言して、同じ悩みを抱えるミュージシャンたちを勇気づけ、治療法を模索している人もいます。そういったことも、今回行おうとしているメンタルヘルスケアの範ちゅうになります。 徳留 ジストニアの専門の先生にも今年2月から、カウンセラーの1人として参加していただいています。こちらはオンラインで相談できますので、少しでも不安が解消されればいいと思います。 野村 ジストニアはまだ解明されてない部分があって、その診断を受けた時に、ミュージシャン生命が終わってしまうと、ある種絶望的に感じてしまうこともあると思います。そこに救いというか、光明が射してくるような状況に繋がっていけば…と思います。 徳留 カウンセリングを受ける人には向き不向きがあると思うので、皆が利用する必要はないとは思っています。担当しているアーティストのメンタルの変化に気づいた時、どう接すればいいのか、カウンセラーに相談する、という使い方をしているスタッフも多いです。また、よく例え話に使うのですが、虫歯になって歯医者さんに行って治すのではなく、定期的にチェックに行っておけば虫歯にならない可能性もありますよね。何かすごく困った時に利用してもらうのもありですが、そうなる前にちょっとずつ対処の仕方を覚えるとか、気持ちを吐き出す場所を作っておいてもらうとか、そういう予防としてのメンテナンスのような使い方も推奨しています。 野村 コロナ禍でさまざまな変化が起こり、いろんな問題が表面化しました。メンタルヘルスのケアや先ほどのジェンダーバランスの問題もそうです。今まであまり着目されてこなかったことに目を向ける時期に差しかかっていて、音制連は見過ごさずに取り組んでいることを認識して欲しいですし、B-sideの取組みにも関心を持っていただき、一度利用してみてほしいですね。 徳留 メンタルヘルスケアを行うことは決して特別なことではない、近い将来、そんな社会になっていくといいなと思っています。アーティストやそのスタッフが安全・安心な気持ちで働いていける環境づくりのお手伝いをB-sideが行っていければと思います。 撮影・加藤千絵(CAPS)/ 文・葛城博子