“ノーマル”じゃなくてもいい。生きるヒントをもらえる作品 ミュージカル『next to normal』
12月6日、ミュージカル『next to normal』が開幕した。 トム・キット音楽、ブライアン・ヨーキー脚本・歌詞。2009年にトニー賞3部門を受賞、2010年にはピューリッツァー賞(戯曲部門)を受賞。当時、双極性障害というシリアスなテーマがミュージカルになり認められる、その驚きと衝撃は忘れられない。 【全ての写真】ミュージカル『next to normal』ゲネプロより 日本では2013年にマイケル・グライフの演出にて初演。2022年から上田一豪が演出を手掛け、4演目の今回も日本オリジナルの演出とデザインとなっている。 12月5日に開催されたゲネプロのレポートをお伝えしよう。 家はシンプルなフレームで構成された2階建て。盆が回転し、学校など他の場所にも見立てられる。 出だしは、よくある家族の朝の光景だ。母ダイアナ、父ダン、兄ゲイブ、妹ナタリー。しかし歌からは、それぞれの不安と不満が見え隠れする。ダイアナ曰く、夫は退屈、息子は変人、娘は天才。ゲイブとは親しげに言葉を交わすが、ナタリーが反抗的なこともあって会話は大して噛み合わない。そのうちダイアナは床に食パンを並べだす。エキセントリックになっていくダイアナを気遣うダン。 ダイアナはドクター・ファイン(機械的で見るからにヤブ医者っぽい?!)の診察を受けて、たくさんの精神薬を処方される。ひとまず容態は落ち着くが、ナタリーと大学の級友ヘンリーがイチャイチャしているのを目撃し、薬物療法によって感情や痛みが失われていることに気づく。感情と共にイキイキと自由に走り回る、そんな自分を取り戻すためにダイアナは薬を捨ててしまう。ここで歌われるダイアナのソロ「I Miss the Mountains」は希望に満ちた名バラードだ。このメロディーの美しさ、爽やかさにうっとりしてしまうが、ダイアナの選択を考えるとこれはいびつなハイでしかないのかもしれない。こうして、この作品は時折、観る者を混乱させ、これでいいのかと疑わせながら展開する。その戸惑いは、まるでダイアナが彷徨う世界のようだ。 ヘンリーと一家は食事を共にすることになり、5人は賑やかに食卓を囲む。ダイアナは料理に腕を振るう。温かく平和な理想の家族のはずだった。ダイアナが火を灯したバースデーケーキを運んでくるまでは。 ダイアナの病状は深刻化し、新たにドクター・マッデンの治療を受けることになる。このドクター・マッデン、登場からメタルロックのアーティストさながらにシャウト! ああ、そうか。もしかしてこれはダイアナの視点なのか?と、再び疑似体験している気分に。そして電気けいれん療法を受けたダイアナは大まかな記憶を失ってしまう……。 望海風斗はダイナミックで繊細、傷つき葛藤するダイアナとして説得力抜群。見事に舞台の上で生きている。その風貌と歌の巧みさ、表現力も素晴らしい。甲斐翔真のゲイブはアメリカにいる筋肉隆々の若者そのもので、クリアな歌声が魅力だ。特にラストのほうは白眉なので要チェック。 渡辺大輔のダンは真摯な夫としての紆余曲折を見事に描き出す。こんなに妻に対して一生懸命な人、貴重だよなぁとしみじみ。小向なるのナタリーはスカッと抜ける歌声が素敵。母に対する想いには泣かされる。 吉高志音のヘンリーはイカれた奴かと思いきや、ナタリーを支えるキュートなよき彼氏で、このカップルのやり取りも耳福だ。中河内雅貴は全く異なるドクター二役を完璧に演じ分け、存在感を見せた。 大団円で終わり!となりがちな、一般的なミュージカルとはかなり異なるエンディング。なぜダイアナは双極性障害を患ったのか、また一家の母、妻がこうしたメンタルの病気を患うことで、家族が何を抱え何が壊れてしまうのか。妻と夫、母と子、父と子、それぞれの関係性。しかしどんな苦境でも、未来への希望は何らかの形で灯る。それを見つけて手放さない勇気。ノーマルじゃなくてもいいじゃないか。メンタルの病気に関わる人も関わったことのない人にも、生きるヒントをたくさんもらえる作品だ。 取材・文:三浦真紀 <公演情報> ミュージカル『next to normal』 音楽:トム・キット 脚本・歌詞:ブライアン・ヨーキー 訳詞:小林香 演出:上田一豪 【配役:キャスト】 ダイアナ:望海風斗 ゲイブ:甲斐翔真 ダン:渡辺大輔 ナタリー:小向なる ヘンリー:吉高志音 ドクター・マッデン:中河内雅貴 【東京公演】 2024年12月6日(金) ~12月30日(月) 会場:シアタークリエ 【福岡公演】 2025年1月5日(日) ~7日(火) 会場:博多座 【兵庫公演】 2025年1月11日(土) ~13日(月・祝) 会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール