中江有里 私が選んだBEST5(レビュー)
一木けい『彼女がそれも愛と呼ぶなら』には三人の女性が登場する。 同じ家で三人の恋人と同居するイラストレーターの伊麻。不和の夫と娘の世話をしながら孤独を募らせる絹香。クラス一の人気者から告白されて付き合い始めた伊麻の娘・千夏。 三人は、それぞれに「愛」の形を模索している。伊麻は相手に執着しない自由恋愛を実践。千夏は恋人から性的暴力を受けていることを誰にも言えずにいる。 絹香は夫と心通わなくなって久しい。子どもを産んでからも恋愛を楽しんでいる伊麻に刺激を受ける。 愛し、愛されることをエネルギーに変えて生きている主人公たちは失敗や後悔をしながらも「愛」を手放せない。相手を尊重しすぎれば自分の幸せを見失う。彼女たちが何を「愛」と呼ぶのか。それぞれのパートナーが考える「愛」の違いが興味深い。
柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』は思い込みや他人に貼られたラベルを剥がす六篇。「めんや 評論家おことわり」は過去のブログが炎上したラーメン評論家が登場する。評論家に貶められたラーメン屋店主と客たちは復讐を試みて結託する。高慢なグルメ評論とデジタルタトゥーにあふれる現代に刺さる一篇。 「スター誕生」はレギュラー番組打ち切りがささやかれる元アイドルの男が主人公。コラボしたいと近づいた話題のユーチューバーに「頭が空っぽのままおっさんになった、落ち目の芸能人」「新しい人気者に擦り寄ろうとしている」と言われ放題。プライドを捨て笑われる勇気を持てるか、選択を迫られる主人公を傍観できなくなっていく。タイトルの「あんた」、すなわちすべての人に向けた痛快な一冊。
ジョン・バカン『三十九階段』はヒッチコック監督により映画化された古典スパイ小説にエドワード・ゴーリーのイラストが添えられた一冊。時は第一次世界大戦前夜、スコットランド出身の青年リチャード・ハネーのもとにやってきた謎のアメリカ人が数日後、死体で見つかった。殺人容疑をかけられたハネーは大きな陰謀に巻き込まれていく。 古典はアンティーク家具のようだ。そのシンプルさが年月を重ねても飽きさせない魅力となる。ゴーリーのイラストは物語の不穏さを高めている。