90代でマラソンやゴルフ⁉...「がん治療も大幅に進む」到来する「人生100年時代」に待ち受ける「衝撃すぎる」未来
人生100年時代。平均寿命が上がり続けている現代の日本では、そう遠くない未来に100歳まで生きることも当たり前になっているだろう。そんな時代にいつまで現役を続けられるのか? どんな老後の過ごし方が幸せなのか? 医療はどこまで発展しているのか? ノーベル賞学者と永世名人。1962年生まれの同い年の二人が、60代からの生き方や「死」について縦横に語り合った『還暦から始まる』(山中伸弥・谷川浩司著)より抜粋して、「老化研究の最先端」をお届けする。 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 『還暦から始まる』連載第10回 『寿命の限界は120歳⁉...老化の研究から判明した「不老不死」実現の「残酷すぎる」真実』より続く
90代でマラソンやゴルフも
谷川 老いは一つの病気だという考え方がありますね。肉体は心臓や胃といった臓器や手足といったさまざまなパーツが集まってできあがっています。その中で「病気」とは、そのどこか一部が悪くなることですね。悪くなったところに対しては治療をすることによって、またすべて元に戻ったり一部が回復したりすることがあります。 「老い」は、それとは違うと思います。さまざまなパーツが少しずつ下降線をたどっていって、最終的には働かなくなる。それが「天寿をまっとうした」ということで、ある意味自然なことなんじゃないかなと思います。 ほかの部分は全部元気なのに、どこか一ヵ所だけが悪くなって、それで死に近づく「病」に対しては、全力で治療して治さなければいけません。でも年齢を重ねて少しずつ体のいろいろな部分が衰えていくことに対しては、そのスピードを遅らせることは大事なことなんですけれど、受け入れるべきことなのではないかと私は考えています。 山中 その通りだと思います。誰でも赤ちゃんから成長して、やがては少しずつ老いていくわけです。そうではなく生理的なカーブが急激に下がってしまう、そういう状態はやはり「病気」と言っていいと思います。それを誰にでも起こる生理的なカーブにできるだけ近づけることが治療になり得る。その意味では「生理的な老化」と「病的な老化」に分けたほうがいいんじゃないかなと思いますね。 谷川 医療がいまほど発達していない時代は、平均寿命が短かったので、60歳ぐらいで亡くなるときには、頭脳よりも先に肉体のほうが果てていました。でもいまは医療の進歩で肉体のほうが長らえるようになった分、認知症が社会問題になっています。もちろん、これは自分で制御できるものではないけれども、頭脳と肉体が同じように少しずつ下降線をたどっていって死を迎えるのが、本人にとっても周囲にとっても理想なのではないかと思います。 山中 そのためには、頭脳と肉体をバランスよく鍛えることですね。