『蛇の道』黒沢清監督インタビュー「“復讐というシステム”だけがずっと続いている」
なぜ、小夜子の部屋を“掃除機”が横切るのか?
憎い相手を倒せば、失ったものは戻ってはこないがひとまず復讐は達成される。しかし、本作ではそれだけでは終わらない。監督が語る“復讐というシステム”が止まることなく動き続けるのだ。黒沢監督はこれまでの作品でも“一度、動き出すと二度と止まることなく動き続ける死の機械”といったイメージを提示してきた。 「復讐の構造というものが、そもそも一度始まってしまえば止まらなくなる物語ではあると思うので、“一度、動き出すと二度と止まることなく動き続ける死の機械”といったことを意識していたわけではありません。ただ、映画の中で同じ場所、同じビデオ映像といった繰り返される何かが、機械ではないのですが、止まらない機械的なものを連想させるのかもしれません」 監督は意識していたわけではないと語るが、本作には繰り返されるモチーフ、止まることなく動き続けるモチーフが随所に盛り込まれ、そのことが復讐のドラマよりも“復讐というシステム”そのものを観る者に強く印象づける。 筆者がもっとも驚き、驚愕したのは柴咲コウ演じる小夜子の部屋で止まることなく動き続けるロボット掃除機を捉えたショットだ。機械が止まることなく延々と床を動き、部屋を、スクリーンを横切っていく。何げない場面だが、このショットほど本作の得体のしれない不気味なムードを伝えるものはない。 「あのシーンは最初からああしようと狙っていたわけではないんです。小夜子が自分の部屋にたったひとりでいるというシーンがいくつかあって、そこにはパソコンの画面がポツンとあって、青木崇高さんが映ったりするわけですけど、その前のほんのひと時ですよね。そこには小夜子の日常がある。そこで彼女は何をしていればいいんだろう? と思ったわけです。脚本には何も書かれていないんです。“小夜子が部屋にいるとパソコン画面がつく”としか書いてない。彼女は部屋にいて、何をしているのか……まったくわからなかったんですよ。 わからないままフランスに行って、撮影の準備をしている時にパッと思いついたのは『小夜子は何もしていない。普通の人なら何かをしているんだろうけど、彼女は何もしていない』ということでした。そこで、“何もしていない”ことをどう表現するか? しばらく考えて、小夜子は何かの推移を見守っている、何を見守っているんだろうと考えたときに……ロボット掃除機だと。あれ、動いているとけっこう見ちゃうんですよね(笑)。彼女は何もしていない。でも、何かが動いて変化していく様をじっと観察している。 そこですぐにスタッフに『フランスにロボット掃除機ってある?』って聞いたんです。もしなければ日本から取り寄せようと思ったんですけど、フランスにもありますよって言われて。あれは自分でも面白いことを思いついたなと思いましたし、物語の本筋ではないですが、この映画のキーのひとつにはなると思いました」