誇り高きシャンパーニュが「評価」 英スパークリングワインの実力、秘密は土に
連載《なぞときワイン》
英国産高級スパークリングワインの注目度が高まっている。新興産地ながら専門家の評価はうなぎ登り。元祖高級スパークリングワイン、フランス・シャンパーニュの生産者も一目置き始めた。現地を訪ね、注目される理由を探った。 【写真はこちら】見かけたら買ってみる!? ブラックチョークやハンブルドンのワインはこんなボトル
ロンドンの中心部から電車で南へ向かう。窓から外を眺めると、広々とした緑の牧草地で牛や羊の群れがのんびりと草をはんでいた。約1時間で目的の駅に到着。タクシーに乗って10分ほど走ると、英大手ワイナリーの一角「ラスフィニー」の立派な門が見えてきた。 出迎えてくれたのはオーナーのマーク・ドライバーさん。長年、金融機関で働いていたが、大好きなワインを自分で造りたくて転職。2010年、妻のサラさんと一緒にサセックス地方にラスフィニーを設立した。
■ブドウ畑は北海道・稚内よりはるかに北の緯度
丘陵地帯に広がる畑を案内してもらった。4月下旬だというのに風がとても冷たい。緯度は北海道の稚内よりはるかに北の約51度。世界でも冷涼なワイン産地の一つだ。芽吹きの早い品種として知られる白ブドウのシャルドネの新芽が、やっと出始めたところだった。 足元に目をやると、自生の芝や黄色い花を咲かせたタンポポの葉の間から無数の白い石ころが顔をのぞかせていた。チョークだ。 「このチョークはフランス北部シャンパーニュ地方のチョークとまったく同じもの。英国南東部は地質的にはパリ盆地の一部で、土壌がシャンパーニュと一緒なんです」と、5キロメートルほど離れた英仏海峡の方角を指しながらドライバーさんが説明してくれた。「つまりシャンパーニュとイングリッシュ・スパークリングワインは双子の兄弟みたいなものです」 シャンパーニュが高品質な理由の一つがチョーク質の土壌にあることはよく知られている。チョークは海の生物の死骸が堆積してできたライムストーン(石灰岩)の一種だが、ライムストーンより柔らかい。そのため、ブドウの木の根が地中深くまで伸びて、分厚いチョーク層に含まれる多様なミネラルを吸収する。これがワインの味わいに影響するともいわれている。 シャンパーニュの主要品種であるシャルドネと黒ブドウのピノ・ノワールは、とりわけチョーク質土壌との相性がよいとされる。ラスフィニーをはじめ英国南東部で植えられているスパークリングワイン用のブドウも、この2品種が中心だ。 土壌や品種だけではない。発酵が終わったワインを瓶に詰め、酵母と糖分を加えて二次発酵させる「瓶内二次発酵方式」もシャンパーニュと同じ。同方式で発酵させ、さらに瓶の中で数年間熟成させて仕上げたスパークリングワインは、優美な澱(おり)との長時間の接触から生まれる焼きたてのパンのような香ばしさが特徴だ。 何種類か試飲した。辛口の「クラシック・キュヴェ2019 ブリュット」は、程よく熟したイチゴやリンゴ、洋ナシの香りがし、それを引き立てる切れ味のよい酸味がアクセント。ラスフィニーは、基本、同じ年に収穫したブドウだけで造る「ヴィンテージ」のみ。シャンパーニュでは複数の年のワインをブレンドして造る「ノンヴィンテージ」が主流なのに対し、英国スパークリングワインはヴィンテージが多い。 理由の一つは新興ワイナリーが多いこと。ノンヴィンテージはブレンド用の「リザーブワイン」を一定量、何年間も貯蔵しておかなければならない。そのためにはある程度の年月と場所が必要だ。ただし、ドライバーさんは「ノンヴィンテージも造ろうと思えば造れる。しかし、年による味わいの違いを楽しんでほしいので、あえて造らない」と強調する。