「海外の旅に欠かせぬもの… それは語学力じゃなかった!」稲垣えみ子
元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 【写真】この記事の写真をもっと見る * * * 50歳で会社を辞めてからおっかなびっくり始めた海外民泊ひとり旅で発見したのは、これまで全く気づかなかった旅で持参すべき「最も重要な必需品」の存在である。 むろんパスポート、お金(クレジットカード)、スマホは現代の旅においては欠かせぬわけですが、それ以外に充実した旅のために絶対必要なものがあったんですよ! それは「芸」である。 ずっと、海外旅行をうまくやるために必要なのは語学力(英語力)と信じてきた。今だって英語さえできればと思わぬ日はない。でも現実問題、50過ぎて語学をマスターせんとなれば若い頃の何倍も労力も時間も必要なはずで、その「若い頃」にあらゆる言語に挑んで敗退を繰り返した身としては、死ぬまでの間に英語一つ身につけられる気はしなかった。それでも果敢に挑戦して奇跡的に話せるようになったとて、その暁には旅をする体力もなくなっていよう。私に残された時間は永遠ではないのである。
ってことで見切り発車でエイヤーと見知らぬ国の見知らぬ街へ出かけていき、人参一本買うのも四苦八苦して「マゴマゴした迷惑なおばさん」として現地の人に何度も眉をひそめられているうちに、私はある重要なことに気づいた。 言葉がダメなら、言葉以外のコミュニケーション方法を使えば良いではないか。 指差しや身振りはもちろん、スマイル(最重要)、相手と目を合わせての感じの良い挨拶、きちんと列に並ぶこと、周りを観察して場の和を乱さぬよう行動……そんな行動を一つ一つ積み重ねていくと、次第にここぞというタイミングでニッコリして、相手からニッコリが返ってくる確率が9割を突破し始める。そしてさらにそれを極めんとすると、全ては相手と息を合わせ、気持ちを合わせることが肝要と気づくのである。ここまで来ればもはや「芸」としか言いようのない境地といえよう。 そしてついには、良きコミュニケーションのためにはむしろ言葉以外の方が重要かもしれぬということに気づくのである。 稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行 ※AERA 2024年4月29日-5月6日合併号
稲垣えみ子