「光る君へ」第三十二回「誰がために書く」大きなチャンスをもたらした自分を貫くまひろの生きざま【大河ドラマコラム】
NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。8月25日に放送された第三十二回「誰がために書く」では、「源氏物語」執筆に着手した主人公・まひろ/紫式部(吉高由里子)が、内裏への出仕に至る過程が描かれた。 前回、まひろが書き上げた物語は、藤原道長(柄本佑)を通して一条天皇(塩野瑛久)に献上される。だが、感想を尋ねる道長に一条天皇が返したのは、「忘れておった」の一言のみ。これを受け、道長から「気に入られなかった」と聞いたまひろだが、落ち込むことなく、「帝にお読みいただくために書き始めたものにございますが、もはやそれはどうでもよくなりましたので、落胆は致しませぬ。今は書きたいものを書こうと思っております」と告げる。こうして、まひろはさらなる執筆にとりかかるが、そこに再び道長が現れ、改めて物語を読んだ一条天皇がまひろに興味を持ったため、女房として中宮・彰子(見上愛)に仕え、内裏で続きを書いてほしいと依頼してくる。 長年、自分の生まれてきた意味を探し、なすべきことを見つけようと、考え続けてきたまひろにようやく訪れた大きなチャンスだった。このとき、まひろはおそらく30代。当時としてはかなりの遅咲きだったはずだ。 そのチャンスの裏にあったのは、周囲に流されることなく、自分らしさを貫いてきたまひろ自身の生き方だ。女に勉学は不要、早く嫁に行け、と言われ続けながらも、自分の興味の赴くまま、詩や漢文を学び続けた結果、物語の執筆という成果を生み、出仕につながった。それが、紆余(うよ)曲折の末にたどり着いたまひろの生きる意味だったに違いない。その点では、物語の執筆を続けると告げた際、「それが、お前がお前であるための道か?」と尋ねる道長に、まひろが「さようでございます」と答えるやり取りは象徴的だった。 その一方で、それが100%まひろの願った形で実現したかというと、そうではない。さらなる執筆を依頼されたまひろは最初、「続きをお読みくださいますなら、この家で書いてお渡しいたします」と道長に答えている。だが、彰子と一条天皇の溝を埋めたい道長からは出仕を求められ、まひろ自身も家庭の懐事情も考えた上で、出仕を決意する。その引き換えとして、幼い娘・賢子と離れて暮らすという犠牲を伴うことになった。 自分の生きざまは曲げず、その本質を外さない範囲で現実との折り合いをつけて進んでいく。まひろのその姿に、人生のリアルを感じた。「お前が男であったなら」と言われ続けてきた父・為時(岸谷五朗)から、「お前が女子(おなご)であってよかった」と言われたシーンも印象的だったが、その生きざまがまひろをどんな道へ導いていくのか。賢子と離れて暮らすことがその後、まひろにどんな影響を及ぼすのか。吉高由里子もインタビューで「(「源氏物語」の執筆で)第2章に押し出されたような気持ちに自然となっていきました」と語っている。その第2章がこれからどんな展開を迎えるのか、まひろの人生の行く末を見守っていきたい。 (井上健一)