市川紗椰がイギリスの変わった廃線「Haddon Tunnel」を紹介「マリオの世界みたいに、通り道に急に土管があるイメージ」
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、勝手に廃線を語るシリーズのイギリス編をお届け。 * * * 勝手に廃線を語るシリーズ。今回はイギリスの変わった廃線をご紹介します。それはHaddon Tunnelという、もう使われていない鉄道用トンネルで、正確に言うと廃隧道(はいずいどう)(廃トンネル)ですね。かつてはMidland Railwayという鉄道の一部でした。長さは1㎞弱で特筆する距離ではないですが、深さ?浅さ?位置?が不思議。 まず、トンネルがあるのは平坦(へいたん)な場所で、山の中ではない。もともとあった山が削られてトンネルだけ残ったパターンでもない。最初から平地に1㎞ほどの巨大な筒が造られたような格好です。マリオの世界みたいに、通り道に急に土管があるイメージ。さらにこの土管、ちょっと埋もれてます。3割くらいは地中なので、車体の下半身は地下を通ります。たとえるなら、地下鉄のトンネルが、地上に出たくて起き上がろうとしているような謎な光景。 これは、いったいなんなのか。トンネルが完成した1863年当時のイギリスは、鉄道フィーバーでした。未来の乗り物として実業家がこぞって参入し、何百もの鉄道会社が出現しては消え、建設計画が提案されては頓挫したりと、鉄道路線の拡大が活発な時期でした。猫もしゃくしも鉄道時代、想像するだけでワクワクしてうらやましい(今のAI産業のような活気なのかもしれません)。この時期のおもしろ鉄道小噺(こばなし)は尽きないですが、その中でもHaddon Tunnelは格別です。 当初、マンチェスターを拠点に運行していたMidland Railwayは延伸を望んでいましたが、実現するにはラットランド公爵という貴族の私有地を通る必要があったそうです。私有地といっても広大な土地で、何にも使用されていなかったにもかかわらず、ラットランド公爵は通行を拒否。交渉の末、「邸宅から見えなければいい」という条件で承諾されたそう。当時は完全に地下化する技術がなく、邸宅の死角に入るギリギリの深さの溝を掘り、列車を通すことになりました。 さらに公爵は、煙や蒸気も1ミリも見たくないとのことで、対策として屋根をつけることに。結果、溝にレールを敷き、強引にフタをしたことで、埋もれかけの土管みたいな光景が誕生しました。当時、多くの地主は鉄道の開発を嫌っていたそうですが、お金の力や政府の圧力によって通行を許した場合がほとんど。「家から見えなければいい」という、こだわっているのか、こだわっていないのかわからない妥協案が採用されたのは、ここだけのよう。 無駄にお金がかかった上、使い勝手も悪かったHaddon Tunnelは、1968年から使われなくなりました。現在はラットランド郡が持っており、近年、「ピークレール」という会社がサイクリングロードや遊歩道として開放する計画を発表しました。どうなるかしら。 ちなみに、鉄道を嫌う貴族が多かった中、サザーランド公爵という方はマイ鉄道を敷くほど好きだったといわれています。エンジンの上に特等席があるオリジナル車両を造り、自分で運転して友達をもてなしたそう。「鉄道公爵」と呼ばれていたそうで、市川の「なりたい人物ナンバーワン」かもしれません。 ●市川紗椰1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。ワイト島の潮が引いてるときだけ、ラットランド郡はイギリスで一番小さな郡になるらしい 。公式Instagram【@sayaichikawa.official】