『厨房のありす』はハートフルなドラマでは終わらない? 永瀬廉が“切ない瞬間”を体現
前田敦子らの味わい深い演技
このドラマは、気づかないだけで、みんないろいろと抱えているんだなということが伝わってくる各々の演技が味わい深い。元ヤンの和紗は快活で気の強い女性だが、2人の子育てには悩むところもあるのだろう。次男の銀之助(湯本晴)が苦手なピーマンを食べられただけでホロリと泣いてしまう一面もある。 そんなふうに“天才”じゃない私たちは日々、たくさんの壁にぶつかる。その度に自分を嫌いになってしまいそうになるが、ありすは「普通はすごいことです。普通は素晴らしいことです」と言う。 その言葉は優しく、同時にちくっとした痛みが胸を刺す。なぜならそれは、周りの人の力を借りて自分はようやく“普通”になれると自覚している、ありすから出てくる言葉だから。想定外の出来事にパニックになってしまって、周りに迷惑をかけてしまうことも多々あるありす。そういう自分を恨めしく思いながらも、どうすることもできなくて涙が出てしまうありすのもどかしさがひしひしと伝わってきて切ない。そんなありすに心護は「ありすはいつも人生で今が一番嬉しいって思わせてくれて、その次にはその気持ちをさらに更新させてくれるんだよ」と語りかける。本当の父親ではないが、ありすのことを心から大切に思う彼の微笑みにこちらまで救われたような気分になった。多忙な日々でつい忘れがちだが、誰かの大切な誰かである自分を労ってあげたい。本作はそう思わせてくれる。 だけど、いつもは穏やかな心護が、ありすがテレビで流れた製薬会社「五條製薬」の研究者・蒔子(木村多江)を見て「お母さん」と呟いた瞬間だけ張り詰めた表情を浮かべた。ありすの母親は事故で亡くなったと倖生には説明していたが……。『あなたの番です』(日本テレビ系)チームが制作しており、ただのハートフルなドラマでは終わりそうにない本作。のんびりと観ていたら虚を衝かれそうなギャップを大いに楽しみたい。
苫とり子