『源氏物語』の英訳を「日本語訳」 桐壺更衣は〝ワードローブ〟の姫君 ウェイリー版で深まる作品の理解
「源氏物語」は〝カテドラル〟 文明の結集
水野:『源氏物語』は、イギリスの東洋学者アーサー・ウェイリーが英語訳し、先日、NHKの『100分de名著』でも取り上げられましたね。 リスナーさんからは、英訳にシェイクスピアの文学や「ノアの箱船」が出てくるのに驚いたというコメントがありました。 たらればさん:はい。1925年から刊行されたアーサー・ウェイリーの英訳を、2017年にふたたび日本語へ訳した『源氏物語 A・ウェイリー版』(毬矢まりえ・森山恵訳、左右社刊)という本があります。 「光源氏」のことは「シャイニング・プリンス・ゲンジ」、「内裏」は「パレス」、「輝く日の宮(藤壺)」は「プリンセス・グリタリング・サンシャイン」と訳されています。最高ですよね。 英訳がふたたび日本語訳されると、実感として頭にスッと入ってくる表現があってとても新鮮です。 水野:たしかに「光源氏」ってわたしたちは固有名詞ととらえがちですが、「シャイニング」と言われると「そうか、この物語の主人公は光り輝くオーラを放っていたんだな」って再認識できます。 たらればさん:訳者である森山さんと毬矢さんが、翻訳の過程をつづったエッセイ『レディ・ムラサキのティーパーティ らせん訳「源氏物語」』(講談社)の書評(https://gendai.media/articles/-/124908)にも書いたんですが、ウェイリーは『源氏物語』を「カテドラル(大聖堂)」にたとえているんですよ。 これって、たとえばサグラダ・ファミリアとかを想像すると分かりますが、「文明の結集」のことなんですよね。 『源氏物語』って、それまでの日本文学の歴史と、朝鮮半島や渤海国・唐といった東アジアの文明文化の結集でもあるんです。東アジアの果てに、時の流れという縦軸、貿易の横軸が寄り集まってできた作品なんです。 それを英語で再現するためにウェイリーが何をしたかというと、ユーラシア大陸の(東のはじっこの日本列島とは対極にある)西のはじっこの英国で、そこまでたどりついた文明をすべて反映させて源氏物語を訳したんですよね。集合知というか。 水野:なるほど。西洋のさまざまな文化をギュッと集めて、英訳に反映させたんですね。だからシェイクスピアも投影されていると。 たらればさん:ウェイリーは、生涯日本に足を踏み入れたことはないので、平安京も十二単も一度も眼にすることなく、想像力を総動員させたはずです。 そもそも彼は語学の天才で、当時は日本にも「現代語訳」がなかった時代に、『源氏物語』を原文から訳したんですよね。 水野:そう考えるとすごすぎますね!! たらればさん:古文と注釈書の「注」を参考にして訳したと言われていますが、それにしたってすごいですよね。 彼の訳した『ザ・テイル・オブ・ゲンジ』は発表直後から各書評で絶賛されて、『源氏物語』が世界文学になってゆくキッカケになります。