静岡の伊東市に37年ぶりの映画館、金星シネマ館主・梅澤舞佳インタビュー
9月14日、静岡の伊東市にミニシアター・金星(きんぼし)シネマがオープンした。伊東市に常設の映画館ができるのは37年ぶりで、館主は東京の映画美学校を卒業した25歳の梅澤舞佳。今年の4月に映画館を作ろうと動き出し、わずか5カ月で開館まで漕ぎ着けた。 【画像】梅澤舞佳の愛犬・金星くん 金星シネマは、ほぼすべてが手作り。梅澤が父や映画美学校の仲間たちと作り上げた。なぜ伊東にミニシアターをオープンしたのか、営業を始めてからはどのような反応があったのか。梅澤に話を聞いた。 取材・文 / 小澤康平 撮影 / 清水純一 ■ 内見に行った翌日に契約「ここならカフェも待合室も作れる」 ──9月14日にオープンし実際に営業をしてみて、今はどんなお気持ちですか? 映画館を待っていた方が多かったというのを肌で感じています。ミニシアターならではだと思うんですが、「作ってくれてありがとう」と直接言っていただくことがたくさんあって。やってよかったなと思います。 ──お客さんからの反応で特にうれしかったものはありますか? 「よくやったね」と言われたときは本当にうれしかったです。オープンまでは予想以上に大変だったので……。 ──映画館を作ろうと思ったのはいつ頃なんですか? 伊東には2年前から住んでいて、映画館のことを考え始めたのは今年の4月です。最初は小さなカフェをやろうと思っていたんですけど、あるときテレビで伊東の学生が「遊ぶ場所がない」と言っているのを見て。映画館にできるだけ行ってほしいとか、映画の仕事に興味を持ってほしいとか押し付けがましいことを言う気はないんですが、私は学生時代に映画館に行っていろいろな刺激を受けたので、選択肢の1つとして映画に触れられる場所があってもいいのかなと考えました。 ──では場所は伊東にこだわっていた? 静岡には映画館が多いわけではないので、映画を楽しんでもらえる場所を新しく作るという意味では伊東にこだわっていたわけではないんですが、たまたまいい物件を見つけることができたんです。不動産サイトにアップされた日に見つけて、その日に内見に行って、ここならカフェも待合室も作ることができると思い、翌日には契約しました。 ■ 自分で作るしかない…そんなときに助けてくれた映画美学校の仲間たち ──思い立ったのが4月ということは、5カ月でオープンまで漕ぎ着けたんですね。相当慌ただしい日々だったんではないかと想像します。 はい、本当に(笑)。父と一緒に準備を進めたんですが、2人ともまったく知識がなかったので、まずは市役所に話を聞きに行きました。でも前例がないので職員の方にも知識があるわけではなく、そのあと神奈川の鵠沼(くげぬま)海岸にある“映画と本とパンの店”・シネコヤに相談に行って。そこで工事や作品調達のことについて教えてもらい、ほかにもいろんなところに行ってアドバイスをいただきました。 ──同業の方々が助けてくれたと。知識をつけたあとは何から着手したんですか? 建物の工事です。やっぱり映画を観る環境が肝だし、国道沿いで車の音がけっこう聞こえるので、防音に力を入れました。 ──映画館は手作りと伺ったんですが、そういったこともすべて自分たちで? 電気工事だけは業者にやってもらったんですが、それ以外はすべて自分たちでやりました。石膏ボードを貼って、鉛シートっていう薄くて重いシートを付けて、その上に吸音材を貼っています。予算がない中で確実に防音ができる方法をなんとか父と探って、結果的に救急車の音も聞こえない環境を作れたのでよかったです。 ──席数は16で、1人ひとりがゆったり座れるようになっていますね。 窮屈な感じがあまり好きではないので、座席と座席の間にテーブルを置いています。詰めれば22席くらい作れると思うんですが、それは自分のやりたいこととは違うなって。小さい映画館だけどゆったり観られるというのをコンセプトにしています。 ──映画美学校に通っていたときの友達が手伝いに来てくれたとも聞きました。 誰かが自主映画を撮るときはみんなで手伝っていて、卒業後もその関係性が続いています。映画館を作ると決めたときに1度業者に見積もりをお願いしたんですが、払える金額ではなかったので、もうみんなに頼むしかないなと……。10人くらい来てくれて、2週間ほど作業を手伝ってもらいました。撮影現場をともにしてきたので信頼度も高いし、朝8時頃から始めて夜6時くらいに終えようと声を掛けても、みんな「もうちょっとやるよ」と言ってくれて。夜は私の自宅で雑魚寝をして、また翌日に続きをするという。 ──すごくいい仲間たちがいるんですね。 はい……うれしかったです。 ■ 映画館の由来である愛犬・金星くんがいつもいる ──スクリーンだけでなく、カフェや待合室の手作り感も居心地のよさにつながっている気がしました。入ってすぐ右手には、映画館の由来にもなっている梅澤さんの愛犬・金星くんがいます。 車で一緒に映画館に向かうので、基本的にはいつもいます。 ──猫がいる喫茶店みたいな感じでいいですね。 ちょっと早めに来て、畳の上で金星とじゃれ合っている方もいますね。 ──カフェや待合室を作った理由はありますか? 映画を観ることだけを楽しむのではなくて、街の映画館と言いますか、コミュニティスペースも兼ねた場所にできたらいいと考えていたので。私は電車で映画館に向かって、作品を観て、そのあと喫茶店でごはんを食べながらノートに感想を書くということをよくしていたんですが、その流れがパッケージ化された“映画を観る体験”だったんです。なので映画を観る前も観たあとも、できるだけ長い時間を過ごせる場所にしたいと思っていました。 ──感想を書くノートを販売していて、待合室には机が置いてあるので、観たあとにすぐ感想を書くこともできますね。 はい。勉強机はジモティー(不用品の売却・譲渡ができるサイト)でもらってきました。この前、親と一緒に来ていた小学1年生くらいの子が机で映画秘宝を読んでいて、かわいかった(笑)。 ──カフェは外の光が入ってきますし壁紙の色もきれいで、落ち着く空間になっています。 ありがとうございます。飲み物を買ってくれたらうれしいですが、上映前や上映後にフリースペース的に使っていただいても大丈夫です。お客さん同士が映画の話をしていることもけっこうあって、それはうれしいですね。 ■ いつでもふらっと観に来られる料金にしたかった ──オープンの9月14日から29日までは「湯を沸かすほどの熱い愛」「ありふれた教室」「パターソン」「幸せなひとりぼっち」、10月2日から20日までは「ある一生」「ぶあいそうな手紙」「アバウト・レイ 16歳の決断」「新聞記者」が上映作品としてラインナップされていますが、どのように選んでいるんですか? 自分が好きな作品だけを上映するのではなく、大衆性や製作国を意識しています。なるべくニュートラルな状態で始めて、徐々に街に合った映画館にしていければいいなと。すでに音楽系の映画やドキュメンタリーをかけてほしいという声をいただいていて、そういう要望にもなるべく応えていきたいです。 ──作品の調達はスムーズに進んでいますか? 最初はやり方がわからなかったので、例えば「トレインスポッティング 配給会社」と検索して、出てきた映画会社に電話で「上映したいんですがどうしたらいいですか?」と聞くのを繰り返してました。 ──「トレインスポッティング」を上映するんですか? 12月にやる予定です。 ──新設の映画館であることを理由に断られることはないですか? どこの馬の骨かわからない小娘から話が来たぞ、みたいなところも何社かはあったんですが、だいたいのところは話を聞いてくれました。ミニシアター系の映画って出口(上映場所)が少ないので、かけてくれるだけでありがたいと言ってくれる方も多いです。 ──鑑賞料金は一般1500円と、比較的安めになっています。 特定の曜日を安くしてその日にバーっとお客さんが集まるっていうよりは、いつでもふらっと観に来られる料金にしたかったんです。たまにしか映画を観ないんだったら2000円でもいいと思うんですが、通ってくれるような映画好きの方がいることを考えると、なるべく安くしたくて。 ──ビジネスとしてはやっていける料金設定なんでしょうか? 大丈夫なのかはまだわかってないです(笑)。この料金だと存続が厳しいとなったら、値上げさせてもらうかもしれません。でも今はこの料金にしてよかったと思っています。 ■ 伊東という街を感じてもらえる場所に ──今後こんなことをしていきたいという展望はありますか? この前、静岡・三島にあるOASTBLUEという会社の方とお話しする機会があって、三島で学生に向けた映画のワークショップをやっているそうなんです。静岡の各地でやりたいと考えてるようなので、金星シネマでもワークショップを実施して、そこで制作した作品を上映できたら面白そうだなと思いました。 ──この映画館から、いろいろなものを発信していくことになりそうですね。 映画祭をやってみたいと言っている友達もたくさんいるので、そういうこともできたらなと。どうなっていくのかは自分でも全然想像がついてないですが、地元の方に長く通っていただけて、観光に来た人には伊東という街を感じてもらえるような場所になればいいなと思っています。 ■ 梅澤舞佳(ウメサワマイカ)プロフィール 1999年7月28日生まれ、東京都出身。好きな映画は「ウェンディ&ルーシー」「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」「SUPER HAPPY FOREVER」。好きな俳優はラナ・ロックウェル。 ■ 金星シネマで上映中・上映予定の映画 2024年10月23日(水)~11月10日(日) ・おらおらでひとりいぐも ・わたしの叔父さん ・めくらやなぎと眠る女 ・時々、私は考える 11月13日(水)~12月1日(日) ・あの娘は知らない ・エル プラネタ ・それでも私は生きていく ・勝手にふるえてろ 12月4日(水)~15日(日) ・83歳のやさしいスパイ ・夢を喰う THE WRESTLER ・SUPER HAPPY FOREVER ・トレインスポッティング