人事パーソンに求められる「データアナリティクス」 何を学び、どう取り組むのか
情報化が進み、さまざまな分野でデータ活用が一般的になりつつあります。人事領域においてもそれは同様で、データアナリティクス導入が注目を集めています。 データの集め方や分析の仕方などの手法に目が行きがちですが、立教大学 経営学部 教授の山口和範さんは「人事パーソンに必要なのは、“サイエンス”ではなく“アート”としてのデータリテラシー」と語ります。 人事パーソンにデータアナリティクスを指導している山口さんに、人事にデータアナリティクスを取り入れることの利点やデータを扱ううえで注意すべきポイント、押さえておきたい学びの観点などをうかがいました。
共感と納得を呼び次元を進化させる“第三の手”
――現在の企業におけるデータ活用の状況を、どのようにご覧になっていますか。 業界や企業規模を問わず、データ活用に対する関心が高まりを見せています。その理由の一つは、データ取得コストが大幅に低下していること。公私を問わず生活にデジタルが浸透し、以前よりも簡単にデータを集められるようになりました。 ひと昔前まで、データ収集には大きな手間と時間がかかりました。何かを調査する場合、紙で回答してもらってその内容をOCRで読み取ったり、手打ちで表計算ソフトに入力したりすることが珍しくありませんでした。オンラインの場合も、回答フォームをつくるにはプログラマーの手を借りなければなりませんでした。 それが今では、グループウェアなどのオンラインサービス上で、誰でも簡単に回答フォームをつくることができます。また、回答もスマホで手軽にできるようになっています。集計は自動で行われるので、調査のハードルは格段に下がったといえるでしょう。 調査に限らず、あらゆるものの電子化も進んでいます。たとえば経理でも電子帳簿保存法が施行されるなど、デジタルがスタンダードになりつつあります。採用活動では求職者が手書きの履歴書や職歴書を送るケースが減り、所定のフォーマットに情報を入力するケースが増えました。このように業務を通じて自然と情報が蓄積されていくことで、手軽に情報を得られる環境が整ったわけです。 学生にもよく話すのですが、統計を用いないからといって、企業活動が止まることはありません。ただ、うまく取り入れることで、今までできなかったことができるようになったり、より効果的な手立てを打てるようになったりします。海外では統計活用を “第三の手”と表現します。両手がふさがって動けなかったところに、データが入ることで可動域が広がり、次元が変わるわけですね。 以前よりもコストをかけずにデータを手に入れやすくなっている中で、“第三の手”を使わない手はない、というのが昨今の流れです。たとえばプロ野球では、今や多くのチームにもデータアナリストやデータサイエンティストが在籍しています。チームの状態や選手のパフォーマンスの把握、対戦相手の攻略にデータが有用だと認識しているからです。 特に情報系企業を親会社に持つ球団は、データドリブンが進んでいる印象を受けます。福岡ソフトバンクホークスでは2022年に、東京大学でデータ解析を担当していた野球部OBと契約を結びました。現代社会において、データの重要度が増していることをあらためて認識しました。 ――人事にデータアナリティクスを取り入れるメリットは何でしょうか。 ひとつは、共感と納得感の醸成です。チームを動かす力として、データは大きな役割を果たします。価値観の多様化やグローバル化が進む中、コンセンサスをとることは難しさを増しています。リーダーには言語や文化の違いを埋めるコミュニケーションが問われていますが、客観性の高いデータは共感を得られやすいでしょう。 次に、チェック機能です。例えば効果的な採用が行えているか、研修が社員のキャリアアップや業務の生産性向上につながっているかなど、データによって施策の効果を探ることができます。研修を受講した社員のうち数名が受講直後に会社ヘの愛着やモチベーションが下がっていたとしたら、その研修には何か問題があると考えられます。 統計の特徴は、現象を一定規模で把握できることです。例えば研修を受けた人が「仕事にあまり役立つ内容ではなかった」と言ったとしても、それは一人の意見に過ぎません。「サンプル数=1」では、改善の糸口は見えないからです。研修の成果を知りたいのであれば、受講者の声をできるだけ多く集め、統計を用いるほうがよいでしょう。 ――マスと個の違いを理解したうえで活用することが大事なのですね。 個の考えが埋もれてしまうのは、統計のデメリットともいえます。個々の意見が抽象化されてしまう、とも言い換えられます。ダイバーシティ&インクルージョンの観点からも、少数の声を聞き逃さず、切り捨てないように、人事は努力すべきです。ただし、個ばかりに目が行きすぎてはいけません。個の意見にきちんと耳を傾けるためには、マスの声を効率よく受け止める工夫が求められます。 また統計のもうひとつのポイントは、単体の数字を読んでも仕方がない、ということです。統計の基本は比較であり、ひとつの数字が絶対的な意味を持つわけではありません。例えば同じデータを属性別に見る、経時変化をさぐるなど、数字の“動き”にこそ統計の価値があります。 特に人事で扱うデータは、サーベイスコアのように相対的な数値が多いので、調査条件によっては、あるスコアが良くも悪くも受け取れてしまいます。また0.1ポイントの違いを気にしなくていいのか、見過ごしてはならない変化なのかといったことも、データによって異なります。そのため、数字を見極める目が問われるのです。重要な指標を日ごろからウォッチし続け、動きに注目することで、組織のわずかな変化に気づくことができます。