「作家誕生」大田ステファニー歓人×豊崎由美『みどりいせき』
大田ステファニー歓人、言葉と出会う
豊崎 大学と言えば、大田さん、日本映画大学に通っていらして、そこで関川夏央さんと出会ったことが自分にとって大きかったとインタビューで語ってらっしゃいますよね。 大田 関川さんも俺が立ち歩いたりしても何も言ってこない人でした。だから授業の雰囲気も良くて過ごしやすかったですね。もちろん文章の細かい指導もしてくれる人なんですけど、概ね自由に書かせてくれたし、何より書いた文章を否定しないでくれたのがありがたかったっす。何書いてんだお前は、みたいなリアクションもありつつ、でも、こういうところを書こうとする気持ちが偉い、みたいに書く姿勢を褒めてくれたりして。 豊崎 いい先生ですね。今回の受賞はお知らせしました? 大田 メールはしました。そしたら「おめでとう。『すばる』に掲載されたら読んでみます」って返事をくれたんですけど、関川さんに読まれるって思ったらすげえ怖くなってそのメールまだ返信してない(笑)。 豊崎 怖くなっちゃったんだ(笑)。でも、関川さんは大学生だったときの大田さんの文章を評価してくれてるわけだから、『みどりいせき』もきっと何かしらいいリアクションしてくれるんじゃないですか? それに関川さんからだったら何を言われてもいいじゃないですか。一度、自分のことを理解してくれた人がちゃんと読んで批判なり賞賛なり、反応をくれるわけだから、それはそれでまた一つの栄養になるわけだし。 大田 まさしくそうっすね。メール返してみようかな(笑)。 豊崎 関川さん以外に、大田さんが小説を書くに至るまでの大きな栄養源となった人や作品って他に何かありますか? 大田 音楽は小さい頃からずっと自分のなかに流れてた気がします。中学のときはブルーハーツやビートルズがめっちゃ好きでした。さっき学校が嫌だったって話しましたけど、ビートルズとブルーハーツがあったから生きながらえることができたっていうか。 ブルーハーツのヒロトがブラックミュージックに精通してたのもあって、高校に上がってからはR&Bとかソウルの路線もディグりながらヒップホップを好きになっていきました。もちろんハイロウズやクロマニヨンズも聴きまくったし、その流れでパンクをディグったりもしましたね。 映画は六〇年代、七〇年代のアメリカン・ニューシネマを観てました。あの時代ってカウンターカルチャーだから、学校と折り合いのつかなくなっていた自分としては反抗的な登場人物にめっちゃ共感できて。ああいった反体制的な作品が支えになっていたんだと思います。だから大学でも映画を学ぼうと考えたし。そこらへんの精神が自分の核を作っていったような気はしますね。 豊崎 小説はどうですか? 何か影響を受けた作品があります? 大田 さっき音楽でパンクを好きになったって言ったんですけど、町田康さんのINUを聴いてたんですよ。小説も書いてるって知って、『パンク侍、斬られて候』を読みました。江戸時代の話なのにセックス・ピストルズとかボブ・マーリーが出てくるのがすごい衝撃的で。 中学生だからもろに影響受けましたね。『くっすん大黒』もすごく面白かったんですけど、よく考えればあの作品を読んだのは大学に入ってからだった気がします。『パンク侍、斬られて候』には単純に文字を読む喜びを教えてもらいました。 豊崎 町田康さんは今も『ギケイキ』のシリーズを書いてますけど、時代小説の枠組みを借りながら現代の言葉遣いで語らせてたりして、純文学としての自由度が素晴らしく高い小説家ですよね。エンタメの時代小説とか読んでると「~でござる」みたいな物言いを目にすることがよくあるんですが、本当にそんな喋り方だったのかなって考えちゃうんですよ。時代小説家の方々はさも当時の話し言葉だったかのように書いてますけど、私はああいうのは「なんちゃってござる」だと思ってます。 その点、町田康さんは全くそのルールに従おうとしないのがいいですよね。あくまでも江戸時代は小説の設定だけで、現代性を失わない。だから登場人物には現代の言葉を持たせるし、ガジェットも現代風のものを書き込む。登場人物にブランド品を持たせたり、セックス・ピストルズの音楽を聴かせたりしてね。あれは確かに斬新ですよね。 大田 マジですごかったっすね。学校の代わりになる面白いものを探してる時期にあの作品に出会って、当時の持て余してた時間を埋めてくれました。言葉を追うのがいちいち楽しかったのを覚えてます。
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