『ブラッシュアップライフ』を改めて観て感じること “選択しない選択”に対する優しさ
我らの“あーちん”が帰ってくる。安藤サクラが主演を務めるドラマ『ブラッシュアップライフ』が、12月28日と29日の両日に一挙再放送される。バカリズムが手掛けたこの作品は、安藤が演じるヒロイン・近藤麻美が人生を再スタートさせるタイムリープ・ヒューマン・コメディだ。 【写真】クランクアップで嬉しそうな安藤サクラや木南晴夏たち 緻密に練られた伏線と、絶妙なテンポで進む会話劇が視聴者の心を鷲掴みにした『ブラッシュアップライフ』。ドラマの核となるのは「選ぶ」というテーマだ。これは「新たな人生を始めるかどうか」という意味だけでなく、やり直した先での職業や人間関係を選ぶという意味も含まれている。 『ブラッシュアップライフ』が再放送されるまでのこの1年間、ドラマや映画などジャンルを問わず、さまざまな“多様性”を感じさせる内容の作品が生み出されてきた。この多様性の価値観が蔓延している今、“選べる自由”があることは素晴らしいと思う。ただその反面で、自由な時代に「普通」の選択をしている自分に、何か釈明しないといけないような後ろめたさを感じることがある。 そんな真綿で首をゆっくり絞められていくような息苦しさから脱するヒントをくれる作品が『ブラッシュアップライフ』だった。本作を改めて観ると、「選択しない」という選択に対する優しさが描かれているように感じるシーンも多い。 それが特に顕著に表れているのが、本作の恋愛要素の少なさだ。『ブラッシュアップライフ』では、テレビドラマでは珍しいほどに、恋愛要素がほとんど含まれていない「女子トーク」が展開される。主人公の麻美の大学時代の元彼・田邊(松坂桃李)や、同級生である福ちゃん(染谷将太)としーちゃん(市川由衣)の結婚、さらには宇野真里(水川あさみ)と福ちゃんの関係は描かれるが、これらは物語の中心とはならない。しかし“あえて避けている感じ”も全くなく、恋愛にも結婚にもとらわれない生き方が彼女たちの「普通」なのだろう。 そしてなんと言っても、最後の人生で努力の末にパイロットになった2人が、結局それを放棄し、地元に戻ることを選ぶところも興味深い。麻美は初回と同じ市役所に再び就職し、真理は保育園で働き始める。2人とも結局は地元で質素な生活を選ぶが、この選択に疑問を持つ人もいるかもしれない。しかし誰がなんと言おうと、彼女たちにとっては、それが幸せな生き方なのだ。 さらには、3周目の人生でテレビ局に勤務する麻美が、プロデューサーデビューを打診されて「ブラッシュアップライフ」を企画する時のシナリオ原案について「タイムリープするなら死んだ友人を生き返させるとか、大勢の命を救うとかしないと」との意見を受けるシーンがあるが、そうした道を選ばず、8回同じ人生を過ごす河口(三浦透子)の存在も描かれている(後のどんでん返しが凄まじいのだが)。 また「普通」であれば、たとえ仲間が危機に陥っていたとしても、最後の転生では人間になることを選ぶかもしれない。それでも、友達を救うためにこれまでの人生のやり直しを選んだ麻美は、彼女にとっての「正解」を選んだに違いない。 「最後は人間に生まれるためでも、徳を積むためでもない人生」 「来世ではなく、今世をよりよいものにするため」 麻美は5周目にして、自分のために人生の徳を積むことから、今世をともに生きる周りの人間のために優しさを向けるようになる。 必ずしもバリバリ働かなくても、結婚しなくても、自分の価値観や大事にしていることを理解していれば幸せになれる。『ブラッシュアップライフ』は、常に努力を重ねる生活や結婚がすべてではなく、自分自身の価値観や大切なことを把握していれば幸せになれると示しているようにも思えた。 ドラマが示す「徳」の概念はあいまいで、世間が定義する「徳」に惑わされない普通の人生でも十分幸せを感じられることを描いている。『ブラッシュアップライフ』が私たちに与えてくれたものは、現代社会で強調される、自分らしさを持って前進することの圧力から解放される安心感だ。 麻美のジェットコースターのような人生に笑いながらも、実際にはきっと来世でも、“ブラッシュアップ”をせずに同じ道を歩んでしまう。そんな人々にこそ、この作品は深く響くのかもしれない。
すなくじら