「台湾の民意」踏まえた頼新総統の演説、中国に強い警戒感 小笠原欣幸・東京外大名誉教授
頼清徳新総統の就任演説は、蔡英文政権の路線を継承し、対中政策の「現状維持」を明言した一方、台湾を守る強い意思を感じさせた。蔡氏の就任時は「両岸(中台)」や「対岸」などの表現を使ったが、頼氏は「中国」で通した。中台が「一つの中国」原則を確認したと中国が主張する「1992年合意」にも全く言及せず、中国への警戒感が強くにじんだ。 【写真】就任式典で手を振る蔡英文前総統、頼清徳新総統、蕭美琴新副総統 台湾では蔡政権の8年間で「台湾アイデンティティー」が定着した。4月の世論調査で「両岸は2つの異なる国家」だとする人が76・1%に上った。頼氏は演説で、「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」とした。8年前の蔡氏就任時にはなかった言葉だ。台湾の民意、対中認識を踏まえた演説だった。 一方で頼氏は新憲法制定など「台湾独立」には触れておらず、中国に不必要な刺激を与えることも避けた。その上で強調した「現状維持」とは、「民主の中華民国、台湾」を守ることだろう。蔡路線と同様に中国の圧力に屈しないとはっきり打ち出した。中国はどのみち頼氏を批判するが、現状維持の台湾の民意を直視すべきだ。 総統選では若者票の多くが他党候補に流れ、立法院(国会に相当)で民進党は第1党を野党、中国国民党に奪われた。演説で言及した経済の強化などの内政課題では、民進党が完勝した蔡氏の就任時に比べると抽象的な言い方にも聞こえた。民進党の政権運営の苦しさが見えるような内容でもあったと感じる。 頼氏の就任直前、立法院で国民、民進両党委員の乱闘騒ぎがあった。中国はこの対立を「使える」状況だとみている。野党多数の状況を通じ、中国に不利な法律の改正など、立法分野から頼政権を揺さぶる見通しを立てているだろう。 次の総統選に向け、中国は民進党政権への不信感を増長させる動きを見せるはずだが、「台湾は中国ではない」との民意が多数を占める以上、国民党も中国に過度な接近は難しい。中台問題に関心が高くない若者への浸透工作などに頼政権がどう対処するのか、注目していく必要がある。 演説で日本には触れなかったものの、親日家の頼氏はこれまで自民党議員らと太いパイプもあった。日本ができることとできないことを理解している。頼政権の誕生は、民間交流などの拡大を通じ、相互の信頼関係を太くしていくという点で日本にとってプラスとなる。(聞き手 桑村朋)