「盗まれた」赤ちゃん12万人 ジョージアの人身売買スキャンダル
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【10月6日 AFP】ジョージアの大学で心理学を学ぶエレネ・デイサーゼさんは2022年、ティックトックを眺めていた時、自分とうり二つの顔をしたアナ・パンチュリゼさんのプロフィルを見つけた。 数か月後には、二人はチャットで会話する仲になっていた。共に、自分が養子であることを告知されていた。 そして昨年、二人はDNA鑑定を受けることにした。その結果、血がつながっているだけでなく、一卵性双生児であることが分かった。 二人は現在19歳。大学で英文学を学ぶアナさんはAFPに「幸せな子ども時代を過ごしたけど、過去の全てが偽りだったかのように感じる」と話した。 エレネさんとアナさんは、ただ生き別れになったわけではなかった。ジョージアで数十年間にわたり問題になってきた、違法に売買された乳児のうちの二人だった。全体の数は12万人とされる。 このスキャンダルをめぐっては、ジャーナリストと被害者家族らが調査に乗りだし、養子縁組が50年以上にわたり、産科医院、保育施設、養子縁組あっせん業者のネットワークによって行われていたことを突き止めた。 産科などは共謀して、死産だったなどの理由を付けて実の親から子どもを取り上げ、出生記録を改ざんし、国内外の養親に売却していた。 ◼️「新しい現実」 心理学を学んでいるエレネさんはAFPに「姉妹だとは思わず仲良くなったが、お互いに特別な絆を感じていた」と語った。 二人が養子であることを養親から別々に打ち明けられたのは、昨年の夏だった。アナさんは「私は新しい現実を受け止めたくても、受け入れられなかった。18年間育ててくれた人たちが実の親じゃないなんて」と話した。 「でも怒りは全然感じていない。育ての親には感謝しかない、そして血縁者を見つけられたことがうれしい」 ◼️違法性認識していた養親も エレネさんとアナさんのDNA鑑定は、ジョージア人ジャーナリスト、タムナ・ムセリゼさんが手配した。ムセリゼさんは、違法に養子に出された子どもと親をつなぐためのフェイスブックグループを運営している。 グループには20万人以上が登録している。子どもが出産後すぐに死んでしまったと聞かされていたのに、何年もたってからまだ生きている可能性があると知らされた母親たちもいる。 ムセリゼさんも自身が養子であることを知り、実の家族を捜すため、2021年にグループを立ち上げた。そしてすぐに、大規模な乳児の売買が行われていたことを突き止めた。 「母親たちは、赤ちゃんは生まれてすぐに亡くなり、病院の墓地に埋葬されたと聞かされていた」 「本当は、病院に墓地はなく、赤ちゃんはひそかに運び出され、養親に売られていた」 養親たちの多くは養子縁組が違法なものだと知らず、乳児についてうその生い立ちを聞かされていた。 「ただし、10年待ちの養子縁組希望者リストに加わるのではなく、意識的に法を破り、赤ちゃんを買うことを選んだ人もいる」 ムセリゼさんは、1950年以降、ミヘイル・サーカシビリ大統領(当時)がネットワークを解体した2006年までの間に少なくとも12万人の乳児が「両親から盗まれ、売られた」証拠をつかんだと話した。 ムセリゼさんによると、ジョージア国内の養父母は給料数か月分の金を払い、養子を手に入れた。海外に売られた乳児には最大3万ドル(現在のレート換算で約430万円)相当が支払われたという。 ■順番待ちリスト エレネさんの養母リアさん(61)は、結婚から1年たっても子どもができず、養子を迎えることを決めた。 「ただ、孤児院から孤児を迎えるには信じられないほど長い順番待ちリストがあり、事実上、不可能だった」とAFPに語った。 2005年に、知り合いから地元の病院に生後約6月の乳児がおり、費用を払えば養子にできると聞いた。リアさんは「好機だと思い」、迎え入れることを決めた。 「彼らはエレネを家まで連れてきてくれた」と話し、「違法だとはつゆほども」疑わなかったと続けた。 ムセリゼさんのフェイスブックグループを通じて、これまでに800組の家族が再会を果たした。 過去20年間、歴代政権は何度もネットワークの全容解明を試みたが、これまでに逮捕されたのは片手ほどにすぎない。 ムセリゼさんは「政府は私たちの活動を支援するようなことは何一つしてくれなかった」と振り返った。 映像は今年3月に撮影。(c)AFPBB News